補足:最近の原理論における労働価値説
前回の社会的再生産の構造を例に用いて、【投下労働量と剰余価値率】と、【生産価格と利潤率】の関係を補足する
前回の復習
前回の社会的再生産の構造
小麦6kg + 鉄4kg + 農耕労働6時間 = 小麦20kg …①
小麦8kg + 鉄4kg + 製鉄労働4時間 = 鉄20kg …②
では、投下労働量は
小麦1kg = 7/12時間となり、同様に、鉄1kg = 13/24時間だった。
労働者が10時間の労働を行うのに、小麦5kgと鉄5kgを消費する場合、投下労働量で示した剰余価値率、105/24 ÷ 135/24 = 7/9 だった。
投下労働量に基づく価値規定では個別の生産過程に利潤率の違いが生じる
次に、生産に投入されたコストを労働時間で計算する。
剰余価値率はm/v =7/9 なので、 労働時間(v+m)に支払う賃金は時間当たり v/(v+m)、となるので、6時間の労働に対して 6×9/(7+9) 時間分を支払うことになる。
そうすると小麦の生産過程での投下資本量(小麦、鉄、労賃)
を労働時間で表現すると
(7/12)×6 + (13/24)×4 + 6×9/(7+9)
生産物量を労働量で表現すると、
(7/12)×20
固定資本と流通過程を無視し、利潤率計算上の1期間で1回生産が行われるとすると、
投下資本量×(1+利潤率)=生産高量
となるので、上記の式から小麦の生産過程における利潤率を投下労働量で計算すると
9/31 ≒ 0.29 となる。
同様に鉄の生産過程について計算すると
投下資本量は
(7/12)×8 + (13/24)×4 + 4×9/(7+9)
生産物を労働量で表現すると、
(13/24)×20
鉄の生産過程における利潤率を投下労働量で計算すると
21/109 ≒ 0.19
こうして、小麦の生産過程では利潤率が0.29、鉄の生産過程では利潤率が0.19となって、両者は異なる。
つまり素朴な労働価値説の通りに投下労働量によって個別の諸商品の価値が決まるとすると、生産部門の間で利潤率に違いが生じる。
まとめると
社会的再生産全体 |
小麦の生産過程 |
鉄の生産過程 |
|
剰余価値率 |
7/9 |
7/9 |
7/9 |
利潤率 |
|
約0.29 |
約0.19 |
この関係は、生産技術が不変であれば、小麦や鉄の生産量が変わっても(つまり①や②の式が何倍されても)変わらない。
労働者と資本との間で分配関係が変化すると生産価格が変化する
先の記事では労働者と資本との間での分配率が変化すると価格関係も変化するため、価格は、労働者と資本の分配関係を示すための尺度になりえないことを紹介した。
小幡『経済原論』の数値を使うと、先の数値例では生産価格と一般的利潤率を求める式は
小麦の生産価格をw、鉄の生産価格をi、一般的利潤率をR、時間賃金をLとすると、
(6w + 4i + L×6時間の労働 = 20w)×(1
+ R)= 20w
(8w + 4i + L×4時間の労働 = 20i)×(1
+ R)= 20i
5w + 5i → 10時間の労働
この式を解くと、小麦と鉄の生産価格の比は w:i = 1:1、利潤率はR=25% となる。
次に、⑴労働者への分配比率が上がった場合、たとえば、小麦6kg、鉄6kgを労働者が生活物資として取得すると
6w + 6i → 10時間の労働 と表現できる。そして
w:i ≒ 1:0.978 R ≒17.4%
逆に、⑵労働者への分配比率が下がった場合、たとえば、小麦6kg、鉄6kgを労働者が生活物資として取得すると、
2w + 2i → 10時間の労働 と表現できる。そして、
w:i ≒ 1:1.09 R ≒55.4%
このように価格比が変わる。
以上をまとまると、以下のようになる。なお、労賃と利潤は、小麦1kg=1貨幣単位とした価格表示。
生産価格に基づく分配関係の表示(小数点2位までの表示は概数)
労働者の取得する生活物資 |
小麦と鉄の価格比 |
総労賃 |
総利潤 |
総労働と総資本の分配関係 |
小麦5kg, 鉄5kg |
1:1 |
10 |
8 |
0.8 |
小麦6kg, 鉄6kg |
1:0.978 |
11.87 |
5.87 |
0.49 |
小麦2kg, 鉄2kg |
1:1.090 |
4.18 |
14.90 |
3.56 |
労働者と資本との間で分配関係が変化しても、商品一単位当たりの投下労働量は変化しない
小麦と鉄のそれぞれ一単位当たりに投下された労働量は、労働者と資本との分配関係に影響されないので
労働者の取り分が増えた⑴の場合、剰余価値率は
労働量で示した労働者の取り分は
7/12 × 6 + 13/24 × 6 = 27/4
労働量で示した資本家の取り分は
10 - 27/4 =13/4
剰余価値率は 13/27
労働者の取り分が減った⑵の場合、剰余価値率は
労働量で示した労働者の取り分は
7/12 × 2 + 13/24 × 2 = 9/4
労働量で示した資本家の取り分は
10 - 9/4 =31/4
剰余価値率は 31/9
投下労働量に基づく分配関係の表示(小数点2位までの表示は概数)
労働者の取得する生活物資 |
小麦と鉄の投下労働量の比 |
総労賃 |
総剰余価値 |
総労働と総資本の分配関係 |
小麦5kg, 鉄5kg |
14:13 |
5.67 |
4.33 |
0.76 |
小麦6kg, 鉄6kg |
14:13 |
6.75 |
3.25 |
0.48 |
小麦2kg, 鉄2kg |
14:13 |
2.27 |
7.73 |
3.41 |
もちろん 剰余価値率は (純生産物-労働者の取り分)÷労働者の取り分 なので、労働者の取り分の物量がx倍になっても、剰余価値率がx倍になるわけではない。
しかし、労働者の取り分の物量がx倍になれば、その取り分の投下労働量もx倍になる。
他方、価格の場合では、労働者の取り分の物量がx倍になると、諸商品間の価格比が変わるので、労働者の受け取る価格はx倍にならない。
こうして、労働者と資本との分配関係が変わると、価格比が変わるため、家格が分配関係の尺度になるのは困難だが、投下労働量であれば、労働者と資本との分配関係の変化に影響を受けないので、労働者と資本との分配関係を示す客観的な尺度になりうる。
原理論体系の最初のごく一部しか論じていないところで説かれた労働価値説に、過剰な負担をかけることは終わりにしなければならない。本当に説くべき内容を原理論体系の中に適切に割り当てることが必要である。
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