吉田暁本ガイド①:定期預金による還流(5章)

 

 マルクス経済学に近い内生的貨幣供給理論として、吉田暁(さとる)『決済システムと銀行・中央記号』(2002年)が有名である。以前は古本で安く出ていたのだが、今では全く手に入らなくなった。しかし、所属組織によってはMaruzen eBOOK Libraryで閲覧できる場合もあるようだ。

まず、内生的貨幣供給論として有名なところでいくつか引用しておく。

「近代的銀行の本質は自己宛一覧払債務(現在は預金)を貸し付けるところにある。これにより銀行は信用創造をしながら同時に金融仲介を行う」(吉田[200283頁

「銀行組織全体としてみれば、当初は与信によって創出された預金が、取引を媒介したあと、第三者からいわゆる本源的な預金として銀行に還流して、これが当初の与信の資金源をなす」(吉田[200217

「銀行の貨幣供給のより重要な側面は信用創造によって要求払い預金を創出することにある」(吉田[200225

「今日の信用経済の下では企業の売上金は基本的に銀行預金の形態で実現されるのであって、この一部が遊離し、遊休するといっても、それが新たな資金源になるというものではない。」(吉田[200285頁)

そのうえで今回は第5章、84頁の「今日では定期性預金での還流によって信用創造過程は完結する」の意味について。図5-1は少しわかりづらいので、貸借対照表(バランスシート)で示してみる。なお、信用貨幣は発行者の負債なので、内生的貨幣供給理論、あるいは信用貨幣を考えるためにはバランスシートで考えることが重要である。  


要求払い預金は貨幣として購買力を持つが、定期預金にならば購買力ではなくなるので、信用創造は完結して銀行に還流したことになる。

次に84頁では続けて、非銀行金融機関による「ディスインターメディエーション」が説明されている。

これをバランスシートで図解してみよう。非銀行金融機関(異種金融機関)をNBFInon-banking financial institution)と表記すると、

まず、⓪は銀行が与信をしており、銀行預金がある状態。

次に、①は、銀行預金の保有者が自身の預金を、NBFIの保有する預金口座に振り替える。

その次に、②非銀行金融機関が貸出として非銀行経済主体へとさらに預金を振り替える。ここまでは銀行預金は増えも減りもしない。

そして、③非銀行金融機関から借り入れた非銀行経済主体が、以前の銀行から借り入れを返済すると、銀行預金が減少する。

銀行預金の増減は、結局は銀行の与信の増減によることがわかる。

そもそも「還流」とは19世紀のイングランド通貨論争の銀行原理の主張である。銀行券の過剰な発行が物価騰貴や過度な景気変動を生み出すという通貨学派の主張に対して、銀行原理の論者は、過剰な銀行券は銀行に還流する、と反論した。ただし、銀行原理とは言っても有名な銀行学派の他に、銀行原理のフリーバンキング派もある。詳しくは世界資本主義の景気循環』29~37頁にある。

銀行学派のT.トゥックによる「兌換」「預金」「借入返済」による還流が有名だが、同じく銀行学派のJ.フラートンは「兌換」「預金」「中央銀行による割引市場を通じた還流」を挙げる。

この時代、イングランド銀行が中央銀行になる途中経過の時期にあたる。トゥックはイングランド銀行も普通の銀行と同列に扱い、中央銀行の存在や役割を意識していないが、フラートンは「中央銀行による割引市場を通じた還流」で中央銀行の受動的な立場の必要性を意識していることが特徴だ。

逆に、イングランド銀行の独占的な立場を批判する、銀行原理フリーバンキング派は還流の経路として「兌換」「利付き預金」「銀行券の相殺」を挙げる。

預金も小切手などを通じて貨幣として流通するわけだから銀行券が預金として銀行に戻ってきても、「還流」したとは言えない。だから預金が「還流」になるとすれば、利子が付いて貨幣としての機能にブレーキが掛からなければならない。吉田のいう「定期預金による還流」は実は、この銀行原理フリーバンキング派の「利付き預金による還流」と同じことを言っている。





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