新・orの関係の商品集積体から信用貨幣を導出する新しい価値形態論(その2・完)

 


前回の記事からの続き

C.orの関係の商品集積体に基づく新しい価値形態論

C.1 信用論における「受信と与信の媒介」と間接交換

 2つの商品の間で直接交換ができない場合に第3の商品の媒介で交換可能となる間接交換と同じ論理は,信用論でも現れる。2者間で商業信用ができない場合,第3者が受信と与信を媒介して信用取引が可能となる場合だ。

 2者間で商業信用が成立するには以下の2つの条件が必要である。㋐受信資本の保有する商品の販売可能性の確実性と,㋑後払いを認める与信資本の側ではすぐに購買に向かわなくてもよい購買力の余裕である(たとえば小幡『原論』:224-225頁など)。ここで,受信資本における将来の販売可能性が,与信資本にとっては不確かな場合でも,第3者Xが,受信資本の商品の販売可能性を調査して確実だと確認し,さらに与信資本がXの債務を信用すれば,信用取引が可能になる。そうすると与信資本は与信が可能となり,Xは与信・債権と受信・債務を媒介する(たとえば小幡『原論』:226-252頁など)。つまり,以下の形になる。

受信資本:債務-債権:X

                                        X:債務-債権:与信資本

 販売可能性は,貨幣の存在を前提にする信用論では将来の資金形成の可能性だが,貨幣の価値形態論では,その商品が交換を欲せられ,等価形態に置かれる可能性になる。Xはリンネルが将来,他の商品所有者に欲せられるかどうかを調査し,欲せられるという判断を前提に,リンネル所有者へXの保有する商品を引き渡す債務を渡す。この調査は他者の商品の販売可能性の調査であり,自身の商品の販売可能性の調査よりも高度になる。

リンネル所有者はリンネルの価値をXの債務で価値表現をする。そして,リンネル所有者は,上衣所有者がXの債務に対して「交換を求める形態」として価値表現するようにさせる。このようにXによるリンネルの交換可能性の調査と判断を出発点に,Xによる媒介で間接交換が可能になる。この関係をorの関係の商品集積体から信用貨幣を導出する新しい価値形態論として論じる。


C.2 新しい価値形態論の前提

 B節で検討したように,最近の研究はマルクスや宇野が想定していた前提を明示的あるいは非明示的に拡張している。この項ではこうした拡張を整理して新しい価値形態論の前提を明確にする

 まず,すでに宇野が,相対的価値形態にある商品の所有者が所有する商品には,相対的価値形態に置かれた部分の他に,すぐには交換に供せられない部分があることを説いた(上述B.3.2)。

 ここで第1の拡張として,右辺の等価形態に置かれた商品の所有者にも,すぐには交換に供せられない商品の部分が存在することである。これ自体は自明のことであるが,相対的価値形態の商品の所有者と,等価形態に置かれた商品の所有者が,商品所有者という点で同じ,として理解することもできる。

 これから派生する前提は,等価形態に置かれた商品の所有者は,自分が欲する商品であってもその現物をすぐに受け取るとは限らない,ということである。その商品が等価形態に置かれているということは,その所有者は交換を積極的に求めてはいない。もし積極的に求めていれば,自分の商品を相対的価値形態において自ら価値表現しているからだ。

 第2の拡張は,一人の所有者の所有する商品種は複数ありうることである。これはさくら『原論』が明示している。そもそも商品は「他人のための使用価値」であり,自分にとっては商品の種類へのこだわりはない。所有する商品種の1つを価値表現したとしても,それ以外に商品を所有しないことにはならない。この拡張は商品集積体を可能とする。

 第3の拡張は,等価形態に置かれた商品の所有者の存在を想定し,その欲求と行動も想定することである。宇野は相対的価値形態の商品の所有者の欲望を価値形態論の起動力にしたが,対照的に等価形態に置かれた商品の所有者の存在は後景化した。しかし,式②⑥⑬のように等価形態に債権や商品集積体が置かれるのであれば,債権や商品集積体をつくる主体の存在と行動の想定が必要になる(B.2,B.1.2参照)。また間接交換でも,もともと自分が等価形態に置いていた商品の所有者が何を欲するのかを調査している。こうした主体は原理論体系の後で現れる銀行業資本を抽象化したものとなる(小幡『原論』:47,さくら『原論』:28)。


C.3 新しい価値形態論の内容

C.3.1 現物での媒介

 .3.4と同様に,リンネル所有者が間接交換の手段として茶を用いて上衣を入手する形を想定する。

 リンネル所有者PW1)にとって上衣W1PW1)と直接交換できないのは,W1 W1PW1PW1)であるためだが,W1は商品として「他人のための使用価値」だから,PW1PW1)に欲せられずとも,別の誰かに欲せられることはある。そこで媒介者Xが調査のうえで「W1は将来,他の誰かに欲せられる」と判断してW1を受け取り,PW1PW1)の欲する商品を引き渡すことができれば,W1W1PW1)との間接交換が成立する。この間接交換が成立するには「W1が将来,誰かに欲せられる」という判断の他に,媒介者が商品W1PW1PW1)を所有していることが必要である。そのため媒介者Xがはじめから多数の種類の商品を集積していれば,媒介できる可能性は高くなる。PW1)にとっても,間接交換の方法が複数あれば,多数の種類の商品を所有する商品所有者を選択するだろう。

 具体的には,PW1)はW1の価値の大きさを,Xの債務の何らかの単位数で表現する。ここでXの債務は{Xが保有する次の商品からいずれかを特定の量で受け取る。|WX1, WX2, WX3,...}で示される。

PW1)は,PW1PW1)がこのXの債務に対してW1PW1)の価値表現するようにさせる(B.3.42つ目の価値表現の式⑫と同じ)。

 Xの側から見ると,Xは本質的にはPW1)から価値表現を受ける点で受動的な存在だが,それを受け入れるかどうかを判断する点で能動的な存在である。この判断におけるXの動機は商品所有者の利害として商品の種類と量から考えることができる。

まず種類については,自分の下に集積された商品の販売可能性を高めるように,商品の種類の構成を組み替えることである。

次に量としては,PW1)の要求に応じる見返りに交換比率を相場の比率よりも自分に有利にすることである。統一的な価値表現としての貨幣が成立しなければ,Xが資本として価値増殖するという概念は困難だが,より有利な交換比率は認識可能である。また,Xは商品の単なる消費者ではなく「他人のための使用価値」としての商品の所有者なので,自分の直接的な欲求に制限されずに多数の商品を集積して,多数の取引を媒介できる。つまりXは資本でも単なる消費者でもなく,商品所有者としての利得の追求として,交換比率の有利化と販売可能性の増進のために媒介活動をし得る存在である。


C.3.2 債権と債務の媒介

 Xにとって自分の直接的な欲求ではない商品は現物を受け取る必要はない。PW1)によるW1の引渡債務だけでよい。他方,媒介者Xが引渡す商品としては,まずはPW1)への交付はXの債務でもよいが,PW1PW1)に対しては現物を用意しなければならない。しかし,先にC.2の第1の拡張で述べたように,PW1PW1)がすぐに商品の現物を欲しなければ債務を渡すだけで済む。そうすると媒介者Xには債権と債務が両建てで増える。
 こうしてXはもともと所有する多数の種類の商品に加えて,さらに債権債務関係を多数の商品所有者との間で増やしていく。その結果,XPWi),PW1PWi)における資産・負債の関係は以下のようになる。

図表2 資産・負債の構成

  Xの資産は現物商品{WXk}に{Wi}受取債権が追加されて,{Wi}∪{WXk}となる。{{WXk}∪{WXk}}⊃{W1PW1PWi)}であればXの媒介は閉じた形で成立する。しかしそれだけではなく,PW1PWi)にとってはXに債務履行を求めずとも,自分の保有するXの債務が他の主体から等価形態に置かれる可能性がある。ここで,媒介が閉じた部分の拡大,あるいはPW1PWi)の保有するXの債務が等価形態に置かれる可能性の増加を「Xの債務の媒介度が高まる」と表現しておくと,媒介度が高まる理由は,まず商品{Wi}∪{WXk}の種類数の多さである。しかしそれだけではなく,Xが受取債権として持つ{Wi}について,「Xの債務の現在あるいは将来の保有者に欲せられる」ことをXがしっかりと調査して確証できていることこそが媒介度を高める。

 媒介度が累積的に高まると,媒介に質的変化が起きる。

 ここで学説史からみると,古典的にはA.スミスやC.メンガーが用いたように,二者間の直接の交換が困難な場合,他の多くの主体が欲する特定の使用価値を持つモノが間接交換の手段になる方法は古くから知られている。しかし,マルクス経済学の価値形態論では,交換の便宜的な道具として貨幣を説くのではなく,価値表現が特徴である。上記のXの債務の対象は,Xの資産に集積された多数の商品へと広がり,特定のモノという性質を失うことで,使用価値による制約を解除された価値そのものになる。こうして金のような特定の物品貨幣を経ることなく,価値形態論を通じて,発行者の負債としての信用貨幣が発生する。


C.3.3 価値関係の整合性の問題

統一的な価値表現としての貨幣が存在しない段階では,Xのもとでは多数の債権と債務がそれぞれ商品ごとに種類と単位数が記録される。

このことをPW1)の主観の世界だけで論じれば次のようになる。まず,1つ目の価値表現ではPW1)は,自身の商品の価値をXの債務の一定量で表現する。その債務は,展開された価値形態のように,多数の商品の種類と量が並ぶ。この多数の商品とW1との交換比率は,多数の他の主体による価値表現をみながらXが発行する債務の中身としてPW1)が想定する。次に,2つ目の価値表現として,このXの債務に対して,PW1PW1)が価値表現するようにさせる。
 ところで,Xの債務の履行はXが保証するのに,Xの債務にある商品の種類と量をPW1)が決めることはおかしい,という疑問もあるだろう。しかし,貨幣が成立した後でも,買い手が売り手に払った貨幣量で元の売り手が買える商品の種類と量は市場の状況に応じて変化し,買い手は保証しない。また,2つ目の価値表現をさせるためにはPW1)はXの債務の現実的な中身を表示する必要がある。それは,標準的な価値形態論でも,法外なレートで価値表現をすることはないのと同じである(小幡『原論』:51)。


C.3.4 計算単位の問題

 前項の「Xの債務の一定量」には貨幣の計算単位が必要である。その単位の決め方は2つの方法がありうる。第1の方法はさくら『原論』のように信用貨幣の発行者が恣意的にεのような単位を作ることである。第2の方法は債権債務に並ぶ多数の種類の商品の中から最も頻繁に用いられる商品,あるいは交換レートの変動が少ない商品が統一的な価値表示の素材として選ばれることである。その選ばれた商品は名目的な計算単位であり,それが物品貨幣となるわけではない。素材として選ばれた商品の価値が変動すれば名目的な計算単位ともずれる。そうなると価値表示の素材に用いられた物品とは無縁の貨幣単位ができる。物品貨幣に慣れた人には第2の方法がなじみやすいが,結果としては第1の方法も同じことになる。


C.3.5 媒介者Xの規定

 原理論体系全体から見た場合,Xは商人資本と銀行業資本を含めた市場関係全体を包含した存在になっている。そもそも信用貨幣は発行主体の行動だけで流通できるものではなく,活発な商品取引と信用関係のネットワークの活動の円滑な進行を前提する。流通論の冒頭では単に商品同士が向き合うように見えるが,その背後に存在する資本,さらには商人や銀行といったネットワークの作用が抽象化されている。この抽象化の方法は最近の研究でも用いられている(C.2第3の拡張)

 全体として相互に依存しあう資本主義的市場経済の仕組みの多くの部分を論じないまま,その一部を,部分的に論証し始める価値形態論では,後で明確に概念化される要素が未分化のまま混然とすることは避けられない。


D.まとめと展望

 本稿では金のような単一の物品貨幣に依拠しない信用貨幣の導出に関する最近の先端的な議論を検討し,多数の種類の商品がorの関係で結ばれる商品集積体に基づき,債権化した信用貨幣論の導出を試みた。その際,信用論における受信と与信の媒介が,価値形態論における間接交換と同じ構図になることを手掛かりとした。

 最近の研究に踏まえれば,価値形態論の前提を,⑴すぐには交換に供せられない商品の存在,⑵多数の種類の商品を所有する商品所有者,⑶自身の商品が等価形態に置かれるように商品集積体や債権を作る存在,へと拡張することが必要となる。

 本稿は,多数の商品を集積する商品所有者Xによる,いずれか(or)の商品を引き渡すという債務が,等価形態に置かれやすいことに着目した。相対的価値形態にある商品の所有者は,まず自分の商品の価値をXの債務で表現する。次に,もともと等価形態に置かれていた商品の所有者がXの債務を等価形態に置いた価値表現を行うようにさせる。こうしてもともと等価形態に置かれていた商品は等価形態から排除され相対的価値形態へと移動する。こうした排除が他の多くの商品にも起き続けることでXの債務が一般的等価物となる。

 Xの債務の保有者の多くがすぐに商品の現物の入手を求めなければ,Xには債権と債務が両建てで拡大する。これで間接交換の媒介が累積的に集積する。こうして, Xの債務は多数の種類の商品と交換可能になり,他の多くの商品所有者から「交換を求める形態」で等価形態に置かれる。そして,持続的に一般的等価物であり続ければ,金のような物品貨幣を経ることなく,信用貨幣になる。

 ただしXは単なる個別の主体ではなく,原理論体系の後のほうで展開される商業資本や銀行業資本といった市場取引者のネットワークを未分化の形で包括している。流通論の冒頭では2つの商品が向き合うだけのように見えるが,原理論体系の展開が進めば,商品が資本によって販売され,その資本自身も商業資本や銀行業資本が分化する。商業資本や銀行業資本が商品の販売可能性を調査し確証することを前提に信用貨幣は成立する。こうした構造全体を価値形態論で説くために,本稿では抽象化して未分化の状態としてorの関係で結ばれる商品集積体として論じた。こうした抽象化の方法は,信用貨幣論にとどまらず,具体的な機構が原理論体系の後で展開されるXのような要素をその前で説くための方法としてさらに練り上げていく必要がある。

 現代の資本主義経済への展望として,本稿の新しい価値形態論は,従来とは異なり,自分の商品や債務が等価形態に置かれるように積極的に活動する主体を設定したことに意義がある。等価形態に置かれるためには,販売可能性の適切な調査に基づく商品集積体の形成や債権債務関係の媒介の集中という機構が必要である。これは現実の信用貨幣が多くの資本の活動によって貨幣としての地位を獲得してきたことと整合的に理解される。

 1980年代を画期とする新自由主義の時代では,銀行の為替業務にも規制緩和が広がり,新たな形の貨幣現象が広がりつつある。現実にはクレジットカードや電子マネー,資金移動業などの新たな貨幣支払い方法は従来の預金通貨への振替指示にとどまるものが多い。それでも俗にいう「ポイント」(カスタマー・ロイヤリティ・プログラム)は発行者や加盟店の商品の集積体が裏付けにあるし,またクレジットカードなどが数多くの加盟店を必要とすることは,商品の集積体を拡大することで自身の債務を貨幣として確立しようとしている,と理解できる。

 原理論の新たな貨幣論の方向性と,現代の資本主義における新たな貨幣現象の分析の視角として,商品集積体と信用貨幣の抽象化された思考を今後も拡大していくことが必要になる。

(終わり)

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