行動論的アプローチとゲーム理論:内在的価値と価格の下方放散に関して
行動論的アプローチ
最近の原理論(マルクス経済学)は「行動論的アプローチ」を強く押し出している。そこでは、個別経済主体が商品経済的な利得を最大限に追求して行動することで、同じく商品経済的な利得を追求する他者との相互作用によってさまざまな行動パターンや制度、取引慣行、その他の経済的な帰結が生じるというアプローチだ。他のアプローチは「行き先アプローチ」と言い、現に存在している制度や慣行について、それが資本の利益追求にとって利にかなっている、と説明するものだ。行き先アプローチでは現に存在するものを説明するが、行動論的アプローチでは現に存在するにしてもさまざまな異なるタイプ、さらに今は存在しなくても存在する可能性のあるさまざまなタイプを説明できる。
行動論的アプローチは、最初は、銀行間組織において中央銀行が存在するか、それとも競争的な多数の銀行が並列に存在するか、といった大きな制度を説明するものだった。こうしたレベルで複数のタイプが現れるように説く方法を特に「変容論的アプローチ」という。変容するポイントを「開口部」といい、原理論の中では今のところ10数個が挙げられている(他の記事を参照)。しかし、他にも、もっと小さなレベルに焦点を当てる場合もある。その中で特に話題となってきたのは流通過程の不確定性への対処として、二者間の商品売買において継続的な取引契約によって互いに他者を拘束するか、あるいは他者の苦境に付け込んで一時的な利得を得る機会主義的な行動か、といったようにもっと個別の経済主体の行動を説明する方法へと広がっている。
その例の一つが、小幡『経済原論』の商品の内在的価値と価格の下方放散(下方分散)である。
通常の資本主義的な市場では大量に存在する同種の商品を多数の売り手が販売しており、売り手は商品の価値を実現しようとして同じような価格、つまり内在的価値(相場の価格)で販売をする。しかし、多数の売り手の中には、資金繰りに困るなど個別の苦境で早く貨幣が欲しい売り手は値引き販売をする場合がある。もちろん、この苦境に対しては値引き以外にも信用取引や貨幣貸借など他の方法もあるが、ここでは一つの方法として値引きを取り上げる。大幅な値引きは一時的・局所的に起きるので、内在的価値から下方にバラバラ散らばる。これが価格の下方放散である(別の記事も参照)。
この場合、ここで二つの状況があるとする。状況①に状況②が追加される関係である。
状況①:販売促進のために値引きをする売り手は、買い手を自分のもとに引き寄せるために、他の売り手よりも明確に大幅に低い値付けをする必要がある。一か所に売買が集中していれば少しの値引きでもよいが、分散的に大量の売り手・買い手がいる普通の資本主義的な市場では大幅な値引きが必要になる。
状況②:苦境に陥ったある売り手が大幅値引きに他者が追随すれば、販売商品一単位当たりの収益が下がり、販売量もさほど増えず、互いに損失を被る。では他者が追随せずに自分だけが下げていれば得をするのかといえば必ずしもそうではない。販売商品一単位当たりの収益が減っているからだ。商品の仕入れや確保には一定のコストかかっているのはもちろんだが、値引きをしていることを多くの買い手に知らせる必要があるため、その宣伝費用(流通費用)の負担も追加されなければならない。
この関係を説明するとゲーム理論の値引きの説明を思い出す人がいたので、対比させてみよう。
内在的な価値と価格の下方放散についてのゲーム理論的な表現
たとえば状況①だけを考えると
表1
プレーヤー2 |
|||
|
下げない |
大幅値引 |
|
プレーヤー1 |
下げない |
5, 5 |
-7, 6 |
大幅値引 |
6,
-7 |
-1, -1 |
こうすると右下の{プレーヤー1,プレーヤー2}={大幅値引,大幅値引}がナッシュ均衡になるが、利得が{-1,-1}マイナスなので、長期持続は不可能のように見える。もちろんこの表の数値は任意の数値で、マイナスとすることで持続不可能を表現しただけである。そのうえで値引き競争が無限に続けば、持続不能になることは容易に想定できる。
持続不能の状態が続くと、この商品を取り扱う意味がないので、取り扱いやめる売り手が出てくると予測される。そうすると{下げない,下げない}を基準にしながら、不断に、自分だけの値引きによる利得追求のために、値引きが頻発しする。そして{大幅値引,大幅値引}になれば、売り手の一部は退出する不安定な状況になりそうだ。
しかし状況②を追加すると、値引きする売り手にとっても。値引によっては値引前以上の利得が得られることはないので、右上と左下(片方が「下げない」もう片方が「大幅値引」)の数値を変えてみる。
表2
プレーヤー2 |
|||
|
下げない |
大幅値引 |
|
プレーヤー1 |
下げない |
5, 5 |
-7, 4 |
大幅値引 |
4,
-7 |
-1, -1 |
こうするとナッシュ均衡が左上と右下の二つになる。右下が持続不能で、左上が持続可能である。
ある売り手が大幅値引して、他の売り手が追随すれば持続不能なナッシュ均衡に至る。しかしそれは持続不能だとわかっていれば、ある売り手が単独で大幅値引きをしたとしても、他の売り手は、その値引きは持続せず、一時的・局所的だと判断して、「大幅値引」をした売り手以外は「下げない」を継続することになる。繰り返しのゲームでは将来の利得の割引率の大小で論じることもあるだろうが、それ以外にも様々な要素が関与する駆け引きになろう。いずれにしても{下げない,下げない}の均衡が基準になり、ときおり大幅値下げがあっても、{下げない,下げない}の均衡は維持される。
ところで、これまで右下のナッシュ均衡が持続不能としたが、ここを持続可能にする数値例にすることもできるだろう。その場合、原理論では、高い価格を下げていって内在的価値(相場の価格)を模索する過程として解釈できる。
たとえば、選択肢aの価格>選択肢bの価格、として
表3
プレーヤー2 |
|||
|
選択肢a |
選択肢b |
|
プレーヤー1 |
選択肢a |
11,
11 |
-1, 12 |
選択肢b |
12,
-1 |
8,
8 |
右下{8,8}がナッシュ均衡であり、また持続可能である。
次にそこからさらに、選択肢bの価格>選択肢cの価格、とすると、
表4
プレーヤー2 |
|||
|
選択肢a |
選択肢b |
|
プレーヤー1 |
選択肢a |
8,
8 |
-1, 9 |
選択肢b |
9,
-1 |
5, 5 |
右下{5,5}がナッシュ均衡であり、また持続可能である。ここからさらに下げようとすると表2に戻る。
つまり、原理論で内在的価値(相場の価格)というのは、内在的価値が不明で、価格の高いところから値引き競争を繰り広げて、これ以上、値引きすれば持続不能のところまで来た時の価格である。それ以上下げると、その商品の売買は売り手としては意味がないので退出して別の商品を取り扱うことになる。
「値引きが持続不能」というのは「値引きできない」という意味ではなく、一時的・局所的にできるが、持続はできない、という意味である。利益は出ずとも、貨幣がすぐに必要な場合には持続不能の値引販売ができる。
まとめ
ゲーム理論にはいろいろな方法があるだろうが、ここでは原理論の内在的価値と値引販売の説明と、ゲーム理論の(簡単な)値引販売の説明を対応させてみた。もちろん、理論的な論証というよりも、考え方の違いの表現である。しかし、まずは、考え方の違いを表することに意味がある。
大きな違いは原理論では内在的価値として価格の規制力があるのに対し、ゲーム理論ではプレーヤーがとる価格の設定は恣意的に選択肢を付けるところである。また、ゲーム理論では基本的にプレーヤーは2人、または少数の限定された市場を取り扱う。
しかし原理論では、多数の売り手と買い手が存在する普通の資本主義的な市場を考える。そこではは、恣意的に価格付けが可能な状況は、価格の模索過程である。もうこれ以上は価格は下げられない、下げるとその商品を販売する意味がない、ところに価格がきたときに、それは相場の価格として内在的価値となる。そこからの値引きは、苦境に陥った売り手が損を承知でとにかく貨幣を入手するための一時的・局所的な行為となる。
原理論では、さらに内在的価値の規制力の背景として、確定的な生産過程と資本間の利潤率の均等化に基づく生産価格が論じられる。
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