マルクス経済学「変容論的アプローチ」による「資産化assetization」の研究

概要

近年、マルクス経済学では、原理論の中にある複数の変容のポイントから資本主義の変化を説く「変容論的アプローチ」が提起されている。そのポイントの一つで従来の地代論から発展した「本源的自然力」の概念は、近年の「資産化assetization」に対応している。資産化とは「金融化financilization」や「レント資本主義」の概念から発展したもので、知識や外的自然などの利用から生じる収入の源泉が、法制度や評価方法など外的条件を基に私的な財産としての「資産」になることである。資産化は、会計における資産負債アプローチと資産の認識拡大や、法律における財産権の拡張とも関連し、近年の資本主義の大きな変化を示している。また、社会的にも資産化の増加は資産保有者の収入を持続的に増加させる傾向があり、格差の拡大の一因とも指摘されることもある。

研究方法としては本源的自然力の変容のタイプを原理論で厳密に定義したうえで、資産の種類を縦軸に、資産の諸性質を横軸にとり、マトリクスとして体系的に研究する。こうして資産化に現れる資本主義の変化をトータルに把握するとともに、変容論的アプローチを他のポイントにも拡大して資本主義の歴史変化を認識する方法を発展させていくことも可能になる。

 

.研究の背景

.1 変容論的アプローチをめぐる背景

マルクス経済学の宇野弘蔵の方法では、19世紀イギリスの資本主義の純粋化傾向を基に純粋な資本主義として原理論を作り、19世紀末からの不純化を基に段階論を作る。その後の資本主義は不純に不純を重ねるという歴史観だった。しかし1980年代から始まる山口重克による先駆的な提起以降、最近では小幡道昭などによって原理論の研究者から根本的に新しい方法が提起されている。その方法では、原理論は個々の商品所有者の商品経済的利得の追求という簡単な前提から、論理的に商品、貨幣、資本、さらに地代、商業資本、銀行業資本などを演繹的に展開する。その際、論理的に展開される概念の中には、貨幣のように理論的には一つに定まらず複数の形(物品貨幣と不換信用貨幣)になる場合がある。こうした変容のポイントは十数か所あると考えられる。その一部の抜粋を以下に示す。

 

表1 経済学原理論における変容のポイント(一部抜粋)

変容のポイント

変容(分岐)

商品

さまざま(有体物、他者の行為、知識、外的自然など)

貨幣

物品貨幣

信用貨幣(中央銀行券)

資本

個人資本家

結合資本

利潤の測定

価値増殖

価値増加

本源的自然力の性質

特定の有体物と分離不能

特定の有体物と分離可能

銀行間組織

水平的

垂直的

商業機構:変容α

組織的な関係

スポット的な関係

商業機構:変容β

産業資本から編成

商業資本からの再編成

 

ここに外的条件が作用して資本主義が複数の形に変容する。この方法が「変容論的アプローチ」であり、これまでのマルクス経済学を根本的に刷新する可能性がある。

変容のポイントの一つ「本源的自然力」は、地代論における土地を「再生産不可能な生産条件」として抽象化し、知識などを含めて概念化したものである。本源的自然力の所有による収入は、地代 ground rent から ground の修飾(限定)を外してレント rent になる。

 

.2 「資産化」をめぐる背景】

「資産化」の研究は主に「金融化financialization」や「レント資本主義」の研究の潮流から生じた。金融化とは、形式的には、総資産における金融資産の比率の増加だが、実質的には、意思決定や収入受取において金融資産による媒介が増えることである。この媒介性のために、価値物の生産には直接にかかわらない不労所得として金融所得を「金融レント」とみなし、レント資本主義の観点が生じた。その後、レント資本主義論は、現実の資本主義における知識の要素の増加に伴い、データにもとづく知識の占有やプラットフォームによる収入といった、非金融の領域にレント概念を広げつつある。というよりも、原理論で正確に言えば、金融資産は利子または配当(後者は利潤の一部)を得るもので、地代は土地から(広く言えばレントは本源的自然力から)得るものなので、両者は異なる。原理論の観点からは「レント」の概念が金融に広がった、とみるべきだろう。いずれにしても金融化からの研究潮流では、「金融レント」をもたらす「金融資産」の「金融」の修飾を外した「資産」化という新たな概念が現れた。

この文脈で分かるように資産化は金融化の文脈にある。この資産は商品として販売されるよりも、保有することでレント収入を得る。ここで資産「化」の特徴は、その資産は自然発生的に資産なのではなく、将来にわたってレントを得るように構成され、そのレント収益を現在価値に換算する評価方法が確立するとともに、資産への権利を保障する外的条件が作られて初めて「資産」になることだ。

 この資産化は、もっと実務的にも、会計上の資産の認識拡大や、法律上の財産権の拡張とも関連する。会計では、従来は、取得原価主義に基づく収益費用アプローチだったが、1980年代頃を契機に新自由主義の時代になり、公正価値主義に基づく資産負債アプローチへと転換してきた。この転換は金融化と一体と言われるが、しかし金融資産だけでなく、さらにさまざまな無形資産にも認識が拡大されつつある。ところで無形資産 intangible asset という言葉は in + tangible なので「非」有形資産となり、その言葉自体に積極的な規定がない。「その他資産」と言っているようなものだ。実際、【株価時価総額+有利子負債-貸借対照表上の資産】としての「残り」を「無形資産」とよぶ場合も多い。こうして産出される無形資産はその実体が不明確だが、近年の会計では、M&Aのパーチェス法で、無形の部分を個々の無形資産として認識し、それぞれ資産化する傾向が増えている。

資産化の対象は財産権の拡張を伴う。すでに知的所有(財産)権は財産権としてさまざまな対象に拡大している。さらに排出権のような外的自然に対する権利や、暗号資産(仮想通貨)のようなプログラム上の権利は、まだ定まっていないが、財産権としての法的性質が議論されている。これも資産化の傾向の現れといえる。

 このように資産化は金融化の流れであるとともに、会計における認識の拡大や財産権の拡張にも反映している。社会的にも資産化の増加は資産保有者の収入を持続的に増加させる傾向があり、格差の拡大の一因とも指摘される。従来は認識されなかったものが私的な資産として認識され強力な収入源となるのはなぜか、そしてこの資産化はどの程度の広がりがあり、資本主義の変化の中でどのような意味があるだろうか。

 

B.研究の方法

.1 変容論的アプローチと本源的自然力

研究方法としては、まず理論的に本源的自然力の変容を明らかにし、続いて資産化の種類と性質をマトリクスで分析する。

本源的自然力の定義は「生産に用いられるが、再生産されない生産条件」のことである。再生産可能な生産条件は模倣されて優等なものにそろっていくが、再生産不可能ならば均質化せず較差が残る。これらの性質は土地だけでなく知識にも共通する。まず、この共通性から本源的自然力として概念を抽象化した上で、次に、抽象度を下げ、現実に現れる際の変容のタイプを考察する。ここで先入観をなくし抽象的に思考できるように「土地」や「知識」の名を外して仮に「タイプ1」、「タイプ2」としておく。

 

表2 本源的自然力の変容

具体的な形

土地、その他の自然環境など

知識など

変容

タイプ1

タイプ2

特定の有体物と分離不能

特定の有体物と分離可能

本質的に不均質

同じモノが無限に広がる。他のモノとは不均質

物理的に利用制限可能

法的に利用制限可能

絶対地代は困難

絶対地代は容易

抽象的規定

生産に用いられるが、再生産されない生産条件

 

タイプ1では特定の有体物と分離不能なので、有体物の占有を通じて他者の利用制限は容易だが、タイプ2では特定の有体物から分離可能で多数の有体物や経済主体に同時に利用可能なので、他者の利用を制限することは困難である。しかしここで知的所有権の法制度のような外的条件があれば制限が可能となる。

ところでもともと地代論は、確定的な生産過程での生産性の違いから生じる超過利潤を対象としている。そのため、たとえば知識の中では、特許に地代論を容易に拡張できる。しかし現代では知識のうち、著作権や商標権など不確定な流通過程に関与するものも多い。この場合には「商業地代」になるが、商業地代には研究がほとんどない。そこで、(a) アマゾンなどのプラットフォームやショッピングセンターなど売買を集中して販売を有利にする特殊な「場」と、(b) 商品の基本的属性が同じだが、副次的属性を付加して販売を促進する「競争的使用価値」(ブランドなど)の2つの観点から商業地代も研究する。前者が表2のタイプ1、後者がタイプ2になる。

 

.2 マトリクスの分析

次にマトリクスで考える。縦軸に資産の種類、縦軸に分析の視角をとる。

表3 資産化の分析のためのマトリクス

 

財産権の分類

利潤への貢献の仕方

評価の方法

生産にかかわる特許

 

 

 

流通にかかわる知的所有権

 

 

 

外的自然

 

 

 

収入源となる社会状況

 

 

 

インフラの利用権

 

 

 

その他

 

 

 

こうしてこれらのセルの特徴を一つ一つ埋めていけばよい。

縦軸の財産権のそれぞれの項目はさらに分類される場合もある。たとえば外的自然は{排出権、風力利用、太陽光利用、漁業権、その他}である。ただしこれらの種類は、後述の先行研究のように無数に広がるため、体系的な分類とその理由付け自体が重要な研究対象になる。

 縦軸の財産権の分類についてはこれまでのブログの記事で論じたが、{有体物の所有権、用益物権、金銭債権、非金銭債権(その中でもとくに「なす債務」)、知的所有権、社員権、その他の財産的価値}がある。利潤への貢献の仕方は、原理論では、一般的利潤率に基づく平均利潤を上回る差額の超過利潤で評価される。現実にはM&Aで用いられるPPAPurchase Price Allocation)では、インカムアプローチに基づく場合、その資産が有る場合と無い場合の差を超過収益とし、将来の超過収益を現在価値に評価する。

 

C.先行研究

 関連する研究動向としては、Birch and Muniesa2020Assetization : Turning Things into Assets in Technoscientific Capitalism が、金融化とSTS (Science and Technology Studies) の方法により、特許、データベース、バイオ医療、インフラとしての鉄道、太陽光や風、教育、小麦の種子、行動を改善できるホームレスなど、さまざまな分野における資産化を検討している。これらは社会学と経済学の学際的な研究でもある。マルクスの『資本論』を直接適用する方法ではRigi2014]やRotta and Teixeira2018]が差額地代(第Ⅰ形態、第Ⅱ形態)や絶対地代、独占地代の概念を知識に適用して考察している。日本では直接に関連する研究は見当たらないが、「認知資本主義」や「非物質的労働」については国内外に研究があり、無形の知識の資産化に関連すると考えることができる。また、小林延人編著『財産権の歴史』は財産権と資本主義の発生との関連を問うており、関連性はある。ただし変容論的アプローチは資本主義の中での変容を問うものである。

 

D.今後の展望

現在、変容論的アプローチを適用する研究はまだ少ないので、本格的な着手自体が独自性となる。さらに本源的自然力として資産化を研究することで、本源的自然力をコアにしつつ、商品、利潤の測定など他の変容のポイントとの関連を同時に探求することになる。こうすることで今後、他の多くの変容のポイントでも新たに創造的な研究の進展が可能で、このアプローチの全面的な展開が期待できる。

 




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