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FRB(アメリカ連邦準備制度)の赤字(2025Q2まで)

以前「 FRB(アメリカ連邦準備制度)の赤字 」について 2025Q2 まで更新されたので、グラフを延長する。データ、出所などの説明は以前の記事を参照。 FRBの利息収入( 青い破線 )は2022からほぼ同水準で変動しているが、利息費用( 緑二重線 )が2023Q3から徐々に減少している。それ以外に債権(国債など)と債務(当座預金)の額を考慮する必要があるが、ここでは省略している。財務省への送金前の純所得( 赤い線 )の赤字はかなり縮小してきた。2025Q2も前期比べてわずかだか赤字は縮小し、銀行業資本として正常な状態に戻りつつあるといえる。 なお、用語の対応は、 総利息収入Total interest income、 総利息費用 Total interest expense 財務省への送金前の純所得 Reserve Bank and consolidated variable interest entities net loss before providing remittances to the Treasury 損失の場合は、 Reserve Bank and consolidated variable interest entity net loss before providing remittances to the Treasury   準備預金への利子率 Interest rate on reserve balances (IORB rate)

商品貨幣説に基づく信用貨幣論の展開:原理論と現代資本主義の観点からの検討(増補版)

 


 2000年代以降、宇野学派では小幡道昭らによって「商品貨幣」の再定義が試みられている。「商品貨幣」は商品価値に根拠を持つ貨幣であり、貨幣素材そのものが流通する「物品貨幣」と、商品価値に対する債権として流通する「信用貨幣」に分類される。本稿では再定義以前の山口重克の信用創造の議論から始め、再定義を踏まえた信用貨幣論を検討する。その際、銀行システムの中で論じるために、バランスシートや残高試算表を用いて図解する。

 

A.山口重克の信用創造論と商品価値の根拠

.1 山口による信用創造論

A.1.1 信用創造の理論

山口の信用創造についてよく引用される表現は「将来の資金形成を先取りして現在の資金を創出」(山口[1984]45)である。創出される銀行券や預金の意義は、現金貨幣の準備を超えた部分ということではなく、貸出債権と見合う関係を背後にもつことである(同)。バランスシート(BS)で示すと以下の図になる。


図1 山口の信用創造論の図解


 

この図は、銀行券屋預金通貨といった信用貨幣はその同額の貸付債権が裏付けにあることを示すと同時に、銀行が利子を得るためには貸付債権と同額の債務を維持しなければならないことを意味する。

A.1.2 預金と準備金

支払準備金の必要について少し錯綜した議論がある(山口[2000]21章、斉藤[2006] 8章)。山口に対して、銀行は流動性リスクへの対処のため銀行券発行の前に支払準備の確保のために有期預金を得る必要がある、という批判があった。これに対して山口は、信用リスクの問題が基本であり、流動性リスクは二次的な問題に過ぎない(山口[2000]134-135)と次のように反論した。

⑴債権が健全で元利返済があれば、債務よりも利子の額だけ多い債権の額が返済されるので支払準備は必要ない(同134)、⑵手元の現金貨幣を上回る支払請求があった場合は、債権としての割引手形が健全であれば他行への再割引で準備金は補充できる(同145)。⑴⑵とも信用リスクがなければ問題が起きない、ということである。斉藤美彦はこの説明に同意したうえで、インターバンク市場を明示すべき、とした(斉藤[2006]281)。

債務額を上回る返済額は銀行の収益なので、バランスシート(BS)に加えて利潤を表現できる残高試算表で示すと図2になる。簡単にするために項目を絞り、営業費用を自己の預金で支払うことにする。当期の活動の【収益-費用】の利益は次期の期首には蓄積されて自己資本になる

図2 銀行業資本の蓄積




準備金は(金貨幣や政府紙幣でなければ)他行への預金なので、上記⑵のインターバンク取引は以下のようになる。

図3ー1 インターバンク取引



再割引は以下のようになる。 


A.1.3 その後の宇野学派の「組織化」の議論

ただし、インターバンク市場でいつでも必ず準備が調達できるとは限らないし、調達金利が高くなるリスクもある。そのため、産業資本が流通過程の不確定性に備えて準備金を持ち、さらに様々な市場機構(商業信用など)を発展させるのと同様に、銀行業資本も一定の支払準備金を持ち、準備金の円滑な貸借を可能にするインターバンク市場や、準備金の必要総額の供給を保証する中央銀行のような上位の銀行が発生する。宇野学派ではこうした組織の発生について、個別資本が私的な利害を追求する中で、「非営利」の銀行間組織や中央銀行の形成(田中[2017])、あるいは将来の準備金不足に備えた受信契約といった事前的対処(さくら[2019])が「組織化」として生じる、といった議論がある。こうした方向性は原理論を本質規定にとどめず、現実の経済に対して「分析の基準としての原理論」という山口の提唱にそくしたものである。ただし、本稿では信用貨幣においては、信用リスクのレベルに課題を限定する。

.2 山口・吉田論争

 山口の「将来の資金形成を先取りして現在の資金を創出」という説明はあらかじめ貨幣の概念の存在を前提にしている。この概念的な意味での貨幣の先行性について、山口と吉田暁の間で論争があった。

 吉田は「貨幣がまずあって,それが貸借されるのではなく,逆に貸借関係から貨幣が生まれてくる」という内生的貨幣供給説に立つが、山口は、貸借関係は貨幣の貸借関係だから、貸借関係に先行する貨幣概念をまず想定しなければならない、と批判した。貨幣の説明で、貨幣は貨幣の貸借関係から生まれたもの、とすると循環論になる。理論的には「現金貨幣」が前提だとした(山口[2006]40-41)。

 これに対して吉田は、現実には本来の現金貨幣は存在しない、と反論した。ただし同時に、「強制通用力をもつ不換銀行券(fiat money)を信用理論の基軸にすえる『理論』」にも批判的だった(吉田[2008]243)。

.3 内生と外生における2つの軸

内生的貨幣供給説は貨幣供給の説明であって、貨幣とは何かを論じるものではない(斉藤[2021]77, 82)。

他方で、マルクス経済学において貨幣とは何かという文脈では「内生的」とは、商品世界の中から貨幣が選び出される、あるいは貨幣が商品価値に基礎を置くという意味で使われてきた(山口[2000]240、小幡[2013]106など)逆に「外生的」とは商品経済的関係ではない外部から貨幣が導入されるという考え方である。この文脈を「貨幣の論理的な生成」とよぶと、この生成の意味と供給の2つの意味でそれぞれ内生と外生があり、次の2×2のマトリクスとなる(Iwata[2024])。

図4 貨幣における内生と外生:2×2マトリクス

貨幣供給量調整

外生説

内生説

貨幣の論理的な生成

外生説

外生的貨幣供給説

内生的貨幣供給説

内生説

金属主義

商品貨幣説

 ③内生的貨幣供給説としてよく取り上げられるMcLeay et al. [2014]は与信によって発行されるBank depositsを貨幣の中心におくが、Bank depositsFiat money (Bank notes and Coins)への支払義務によって信認される(ibid.,11)。Fiat money自体の流通の根拠は、社会的歴史的協約、商品との交換を政府が保証、政府による租税での受取り、銀行券の偽造困難さとされている(ibid., 10)。このFiat moneyは、商品経済の中から生まれてきたものではない、または商品価値を根拠に持つものではないという意味で外生的である。

ただし、内生的貨幣供給説には様々なバリエーションがある。貨幣の弾力的な発行を維持するためには貨幣自身が商品であってはならない、と積極的に外生説を主張する場合や、吉田暁のように理論的な規定を回避する場合もある。

 山口重克は不換銀行券について、支払手段として債務の弁済ができるという有用性ゆえに多くの商品所有者から共通に等価形態に置かれると説明した(山口[2000]196)。それで一般的等価物、そして貨幣になるということだろう。しかし、不換銀行券が支払手段となる理由は、制度(主に国家)によって付与されている(山口[2000]196)としているようである(同)。この最後の説明は、貨幣の論理的な生成ではほぼ外生説といえる。

 ここで貨幣について、供給論だけではなく、概念的な生成論の観点が必要になる。


②金属主義にもいろいろ解釈はあるだろうが、商品の中の一つとして特定の金属が貨幣に選ばれるという意味で論理的生成として内生的であり、貨幣の総量は貨幣商品の素材としての存在量に規定されているという意味で供給としては外生的である。

本稿では以下、論理的な生成においても供給においても内生的な④商品貨幣説を探求する。

 

B.商品貨幣説に向けて

.1 西川説:不換銀行券の商品的な根拠

西川元彦[1984]は、不換銀行券の債務の性格を、債務者の商品を根拠に説明した。簡単に言えば、まず、商業資本が産業資本から商品W1を商業手形で仕入れる。産業資本はその商業手形を市中銀行で割り引いて銀行券を得て、この銀行券で別の商品を購入する。市中銀行はこの手形を中央銀行に再割引して銀行券を補充する。債権債務関係は以下のようになる。

図5 西川説の図解

商業資本

銀行

銀行券保有者

資産

負債

資産

負債

資産

負債

商品W1

手形債務

手形債権

発行銀行券

銀行券

純資産

西川が言うには、銀行券保有者が中銀に銀行券の債務の履行を求めると、(ア)商業資本が保有する商品を銀行が取り戻して銀行券保有者に渡す。しかし実際にはそのような回り道をせず、(イ)銀行券保有者は市場で商品を買うことで弁済を受けたのと同じ効果を得る(同47-48)。

この説への批判はいくつかあ(る泉[2011]、建部[2014]など)。たとえば(ア)への批判として銀行券は一覧払であるのに対して手形債務は期間付きなので、銀行が商業資本に対してすぐに債務の履行を求めることはできない。また、銀行券保有は貨幣としてどんな商品も買えることを望んでいるので、特定の使用価値の商品W1を受け取ることは望まない。(イ)については、債務は債務者が果たすべきなので、市場で商品を買うのは銀行が債務を履行したとは言えない。

しかしここで、商品的な根拠を活かす方向で西川説を批判すると、(ア)の難点は、西川説は単純化のために債務者を1つにしたために、満期までの期間や商品種が限定されたことである。銀行は多数の債権を組み合わせるのだから、W1という単一種ではなく{Wii=1,2,3…として商品を拡大し、さらに異なる満期を多数組み合わせると、銀行券保有者が欲する商品を引き渡せる可能性は高まる。ただし、この方法だけで使用価値の制約を無限に緩和することは難しい。

次に(イ)について、銀行への債務者は、銀行に対する債権として銀行券を獲得して債務を弁済できる。したがって銀行券によって市場で商品が買える前提として、銀行への債務の弁済のために銀行券に対して商品を売ろうとしている多数の主体を示すことが必要であろう。

.2 最近の宇野学派の展開

B. 2.1 小幡による商品貨幣の再定義と不換信用貨幣

小幡[2009]は貨幣を図6のように分類した(同46に筆者が追記した)。

図6 貨幣の分類

                      

  


 

             

商品貨幣とは通説では商品体が流通する貨幣を指すが、小幡は「広義の商品貨幣」として、商品に内在する価値を基礎にした貨幣と再定義した。商品貨幣は、商品体がそのまま貨幣の素材となった「物品貨幣」と、商品価値が債権の形で自立化した「信用貨幣」から成る。そして商品価値の根拠を持たない表券貨幣は純粋には流通しえない、とした(小幡[2009]44-48)。

なお、「兌換信用貨幣」の扱いは小幡には少し揺らぎがあるが、「広義の商品貨幣」説の目的は不換信用貨幣の説明にあり、兌換信用貨幣は容易に物品貨幣に含まれうるので、商品貨幣説に基づく貨幣の分類は上記の図が適切である。

B.2.2 小幡の価値形態論と信用貨幣

小幡の信用貨幣説は、小幡[2023]では大きく変化しているが、ここではそれ以前の小幡[2009]や小幡[2013]にそくして説明する。

簡単な価値形態で、たとえば、綿布の所有者が上着を欲して[2]、【綿布10メートル=1着の上着】と価値表現しても、上着の所有者が綿布を欲しなければ、交換はできない。

(いうまでもなく、相対的価値形態にある商品の所有者と欲求の導入は宇野弘蔵以来の方法である)

 しかし、上着の所有者が茶を欲し、茶の所有者が上着を欲していれば、綿布の所有者にとって以下の間接交換が考えられる。

   綿布   茶  上着(綿布所有者が欲する商品) 〔間接交換1

 この間接交換は綿布所有者にとって2つの方向に展開する可能性がある。第1に、間接交換の媒介手段は茶でなくても他の商品でもかまわないので次の形になりうる。

   綿布  【茶または鉄、小麦などなど】  上着  〔間接交換2

2に、間接交換の媒介手段の茶は、交換可能性としてその価値のみが必要なので、茶の現物ではなく、茶の受取債権のみがよい。ここに、間接交換の媒介手段となる商品において、使用価値の制約が除かれ、商品価値の受取債権が信用貨幣となる萌芽がある。つまり次の形になる。

   綿布   【茶の受取債権】  上着       〔間接交換3

 しかし、この説明に対して、茶が事実上、貨幣になっているので兌換信用貨幣に過ぎない、という批判がある。もちろんこの〔間接交換3〕の意義は、茶の「価値」のみが自立化する契機である。さらに発展させるには、茶という特定の使用価値の性質が後景化する必要がある。

B.2.3 岩田[2022]:商品集積体に基づく商品貨幣説

岩田[2022]は小幡[2009]に以下の点で変更を加える。

1.〔間接交換2〕の複数種の商品を同時に所有する主体Xを想定する。こうした複数の商品種の所有と、次項のような、等価形態の商品所有者の存在と行動の想定は江原[2017]や、さくら[2019]にある。

2.〔間接交換3〕の債権を発行する主体Xは、自らの債務が他の主体によって等価形態に置かれるように行動する。上記1と合わせると、この債権は複数の種類の商品のうちいずれかを引き渡す商品券のような債務になる(小幡[2013]98)。

3.相対的価値形態の商品も債権になる、とする。

以上を前提に、相対的価値形態にある商品をW1Xの所有する複数の商品種を{WXkk=1,2,3…とする。〔間接交換1〕は次のように発展する

   W1 WXk}のいずれかを受け取る債権   W1所有者が欲する商品 〔間接交換4〕

初めにW1所有者は以下の価値表現をする。

   W1 = {WXk}受取債権             (1)

ただし、XW1の現物を欲せず、その債権の受取だけを望めば、次の形になる。

   W1受取債権 = {WXk}受取債権               (2)

W1所有者が欲する商品」の所有者が欲する商品が{WXk}にあれば、「W1所有者が欲する商品」の所有者は次の価値表現をする。

   W1所有者が欲する商品 = {WXk}受取債権     (3)

こうして〔間接交換4〕が可能になる。

W1所有者のように交換を求める主体が多数、存在するとして、その所有者たちが所有する商品の集合を{Wii=1,2,3… とする。その所有者たちによる価値表現は(2)の多数化として以下の形になる。

   Wi受取債権 = {WXk}受取債権    i=1,2,3…      (4)

 Xのもとには、もともとXが所有する{WXk}の他に、{Wi}受取債権も加わる。両者を合わせるとXの下にある商品種は{WXkWi}になる。こうして、式(3)は次の形になる。

   W1所有者が欲する商品 = {WXkWi}受取債権  (5)

こうなると、Xはさらに間接交換の媒介手段になりやすくなる。

価値形態の式は、宇野学派の方法では、相対的価値形態の商品の所有者が等価形態の商品を欲するので、等価形態の商品の所有者が交換を承認すれば交換が可能になる。W1所有者は、Xによって【W1受取債権={WXk}受取債権】が承認されれば、W1の使用価値の制約が解除され、W1は、W1の価値量と等しい{WXkWi}受取債権となり、W1の価値量での交換可能性が高まる。このときの、W1Xの関係をBSで表現すると次のようになる。

図7 商品集積を基礎にした信用貨幣の発行

W1 所有者

X

資産

負債及び純資産

資産

負債及び純資産

WXkWi}受取債権

W1引渡債務

Wi}受取債権

WXkWi}引渡債務

W1

純資産

WXk

純資産

 ここでXに対する「{WXkWi}引渡債務」が信用貨幣になる。その裏付けには{WXkWi}という商品集合がある。次に、{WXkWi}受取債権を、「W1所有者が欲する商品」の所有者が受け取る関係をまで含むと次の形になる。

図8 商品集積を基礎にした信用貨幣の流通

W1 所有者

X

 

W1所有者が欲する商品」の所有者

W1が欲する商品

W1引渡債務

Wi}受取債権

WXkWi}引渡債務

 

WXkWi}受取債権

純資産

W1

純資産

WXk

純資産

 

 

 

 ここでXは商人と銀行と未分化に含んだ主体になっている。貨幣が成立しない理論レベルではXの価値増殖をいうことはできないが、以下の点でXは商品所有者としての利得を得る。

1.販売可能性、言い換えれば等価形態に置かれる可能性の高い{Wi}に対してのみ、自己の債務との交換を承認し、Xは自分の商品集合全体の販売可能性を高める。

2.{Wi}所有者との交換に受動的に応じることで、Xにとって交換比率を有利にできる。

この構造を銀行信用にそくしていえば、受信者の保有する商品{Wi}が将来、販売できる可能性を認め、{Wi}債権に対してXが{Wi}の価値値よりも小さい額面のX債務を発行する。

この方法は{Wi}の商品価値が抽出されてXの債務になることまでを示すが、Xは商人かつ銀行者業であり、商品所有者としては過度の負担となるのが難点として残る。

.3 商品貨幣説に基づく不換信用貨幣の構造

上記の図158を合わせ、追記すると信用貨幣の構造は以下のように示せる。


図9 信用貨幣の構造



信用貨幣は債務者のもとにある商品価値の集合によって裏付けられ(backed)ており、信用リスクを吸収する自己資本によって補完backstopされている。自己資本が不足する場合には、他の銀行や政府によって外部から補完される場合もある。

back, backstopはAdrian and Mancini-Griffoli[2019]とくにp.4, p.6の使用法を利用した。

.4 商品貨幣説の2つの意味での内生的な性格

最終的に図9で示される商品貨幣説に基づく信用貨幣では、まず論理的な生成では、使用価値に制約された商品価値を、制約されない貨幣に転換するという点で内生的である。次に供給では、銀行への債務者のもとにある商品価値量に応じて、その販売可能性を根拠に貨幣量に転換できるという点で内生的である。

 

C.物品貨幣の諸問題

.1 法貨規定

 物品貨幣でも法貨規定は必要である。現在の宇野学派の価値形態論によれば、一般的等価物が一つに絞り込まれる作用はあるが、商品所有者間の利害対立によって、市場の作用だけでは一つに絞り込まれない。一般的等価物、さらには貨幣形態の最終的な成立には、外的要因(山口[1985]27、小幡[2009]40など)が必要となる。外的要因の一つに、政府による法貨規定がある。

法貨規定や強制通用力は金銭債務の弁済に際してその貨幣の受取を債権者は拒否できない、という規定である。しかし「契約の自由」のため、法貨以外での契約を政府は禁止できない。また、納税など政府受取を特定の貨幣に指定するとしても、市場経済を前提にするならば、政府は徴税した貨幣を用いて市場で商品を購買するためには、市場で流通しない貨幣を指定できない。

政府の役割は、一つにはこの法貨規定があり、他にはB.3で述べたように、信用貨幣の裏付け価値の毀損に対する外部からの補完の役割である。

.2 物品貨幣の難点、古代貨幣について

図4の④内生的貨幣供給説には、貨幣の論理的生成における外生説への補強として、紀元前7世紀ころといわれる鋳造貨幣の始まり以前にはイマジナリーな計算貨幣だった、といわれることがある。

ポランニー的な歴史観ではBC3000年紀の古代メソポタミアは再分配国家で市場は社会に埋め込まれたものであり、貨幣はイマジナリーな名目的計算単位という考えになじみやすい。しかし明石 [2015]、Van der Spek et al.[2018]、Silver[2007]などの研究は、市場経済が再分配国家とは相対的別個に存在し、銀が本位貨幣として実際に流通したことを示している。しかし未発達な生産力のため十分な銀が供給されない場合に銀が計算貨幣化し、支払いは大麦や錫などが代用された。秤量の不便の緩和のため、自然発生的に、銀を計数貨幣になるリングや、封印した袋詰め、都市国家による証明などが用いられた(明石 [2015]、Van der Spek et al.[2018]、Bozik and Ustaoğlu [2020]、Silver[2007] )。その工夫の延長に鋳造貨幣がある。日本でも和同開珎(または富本銭)以前に無文銀銭が流通していた。同じ重さ(当時の単位で1/4両、約10グラム)になるように重量を調整した跡がある(今村[2015])。

無文銀銭の重量、グラム(今村[2015]90-91)。ほぼ10グラムで当時の重量単位で4分の1両といわれる。

10.94

  8.2

11.19

  8.5

  8.95

10.5

10.4

10.76

10.9

  9.5

  8.8

  9.5

10.0

  9.2

  8.3

  8.7

10.0

  9.55

10.7

10.3

  9.9

無文銀銭に入れ替える目的で鋳造貨幣の銀銭の「和同開珎」が発行される。銀銭の「和同開珎」の重量が今村[2015]120にあるので、両者の重さの分布を比較する。サンプル数が少なく、ヒストグラムの階級幅が難しいのでR言語のdensity関数のデフォルトでカーネル密度推定をすると以下のグラフになる。無文銀銭は22個、銀銭の和同開珎は32個。無文銀銭の方が実際の流通によく用いられていることと、私鋳銭の可能性もあることをから、散らばりが大きくなっている。とはいえ、一定の幅にあるので、無文銀銭は秤量貨幣であると同時に計数貨幣でもある、といえる(今村[2015]125-126)。


無文銀銭


大津市・崇福寺跡出土の無文銀銭 <近江神宮蔵>

出典:京都国立博物館ウェブサイト




価値形態論で導出されるのは、秤量貨幣である。原理論では貨幣の機能として交換手段で計数貨幣になる鋳貨が現れる。その後で、世界貨幣では再び秤量貨幣に戻る。

銀が名目的な計算貨幣になるのは物品貨幣の難点のためである。資本主義以前の貨幣信用システムは資本主義経済と比べるとやはり未発達であり、19世紀以降の金本位制が確立するには十分な量の金の採掘と純度を一定にする技術の発展が必要だった。さらに、不換信用貨幣が成立するためには、物品としての金に依存しない、国際的な貨幣信用システムが必要だった。この意味において、過去の貨幣システムに、現代の貨幣システムの基礎を見ようとする方法には困難がある。

まとめ

信用貨幣の「信用」とはもともと本来の貨幣の支払約束への信用を意味した。吉田暁は信用貨幣の「信用」を信用関係の中で発生・消滅するという意味だとした。再定義された商品貨幣説での「信用」は、商品の販売可能性、正確に言えば価値形態で等価形態に置かれる可能性を調査し、信用するという意味になる。

商品の交換可能性としての価値を裏付けとし、自己資本によって信用リスクを吸収する仕組みとして信用貨幣の構造は、公式の規制下にある銀行の他にも様々なシャドーバンキングにも存在する。広く言えば、預金債務はasset-backed securitiesを含み、自己資本は優先劣後構造のエクイティや、超過担保(over-collateralization (O/C))を含む。外部からの補完として信用補完等がある。新たなナローバンキング(資金移動業など)にも適用可能な仕組みである。

本報告では信用リスクに焦点を当てたが、さらに流動性リスクや金利のリスクへの扱いは「組織化」の議論で補われる必要がある。

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