吉田暁本ガイド③ 預金通貨システムと銀行券
科学的・理論的な分析は時には 「常識」とは反する場合がある。「常識」では地球の周りを太陽が回っているが、科学的・理論的には地球の周りを太陽が回っている。日常生活においては「 太陽が沈んだ」というのが 真っ当な見方であり、「地球が自転して 太陽が地球の影に隠れた」 とは言わない。
そのような常識と理論との逆転が起きるのは貨幣においてもそうである 「銀行券こそが貨幣だ」という「常識」的な見方では、銀行券は 政府がなんの根拠もなく発行する貨幣で、銀行券を銀行に預ければ預金となるように見える。そして、銀行券を預かった銀行は、他の経済主体へとその銀行券を貸し出すように見える。
しかし信用貨幣論は そういった常識が正しくないことを 説明する 。正しくは、銀行が与信をすることで預金通貨が発行される。銀行券は中央銀行の預金の転換として発行される。そして、そもそも中央銀行の預金は、
中央銀行が与信行うことで新たに発行される。貨幣として現れるのはまず銀行の負債としての預金であり、銀行券は預金が一時的に転換した姿に過ぎない。
吉田暁の『決済システムと銀行・中央銀行』で、銀行券について特に書かれているのは、《①銀行券は預金を移転させる手段だ》ということと、《②銀行券は預金通貨システムからの漏れ(洩れ)》であり、そのため《③日銀券増発は金融逼迫要因》ということである。
①は「現金を小切手、手形等と並列するのは、一見奇異かもしれない。預金通貨は現金(および日銀預け金のいわゆるハイパードマネー)を基礎に創出される。しかし、いったん形成された預金通貨の立場から逆にみれば、現金もまた預金通貨を移転させる手段だと考えてよい。」(7-8頁注1)と説明されている。
なお、「預金通貨は現金(および日銀預け金のいわゆるハイパードマネー)を基礎に創出される。」の「基礎」のところは吉田理論から言えば不完全だろう。先に市中銀行による与信で預金通貨は発行され、準備は後から求められるものだからだ。145、201頁など。
預金振替システムがなければ現金で支払いが行われるが、現金がどこから来たのかと言えば預金の引き出しで出て来たものである。そして支払われた現金はどこに行くのか、といえば預金に戻っていく。つまり《②銀行券は 預金通貨システムからの漏れ(洩れ)》となる。94、100、154頁。
預金通貨システムが本来の貨幣システムだとすれば、この預金通貨システムから、一時的にせよ、銀行券として漏れることは預金通貨システムに対して負担となる。《③日銀券増発は金融逼迫要因》である。ⅲ、154頁。
③を図で書くと次のようになる。
もともとの状態は、
市中銀行が預金債権保有者からの預金引き出しに応じるために、市中銀行が準備金の銀行券への転換を要求し、中央銀行によって銀行券が増発された後は、
単純にこの図の縦幅を金額とみれば、市中銀行の預金準備率は、銀行券増発前は1/2だったのが、銀行券増発後は1/3へと下がる。
銀行券増発後に準備率が下がるのは一目瞭然だが、二つの大きさを比較するために、記号で表現してみる。市中銀行の預金量をD、準備の額をR、銀行券増発量をcとすると、銀行券増発前の準備率は、
銀行券増発後の準備率は、
この二つの大きさを比較するために、増発前の準備率から増発後の準備率を引くと、
となる。D-R はプラスなので、準備率は下がる。銀行券の引き出し額cが一定だとすれば、DとRの差が大きい、つまりもともとの準備率が小さいほど、準備率の減少の幅は大きくなる。
財政要因、つまり民間と政府との支払い関係で、民間から政府への支払いの方が大きい場合も市中銀行は金融逼迫になる。
単純にこの図の縦幅を金額とみれば、預金準備率は、納税前は1/2だったのが、納税後は1/3へと下がる。
準備の不足は、中央銀行が準備預金の増額によって補充するしかない。この点も吉田本で繰り返し説かれる。具体的な手段としては、銀行からの国債などの資産の購入か、市中銀行への貸出である。
《③日銀券増発は金融逼迫要因》については日銀のウェブサイトでも「銀行券の発行時には、金融機関の保有銀行券が増えるのに、何故資金不足要因になるのか」という質問をよく受けます。」として、
説明されている。その回答の要旨は、上で書いたことを同じだが、詳しくは日銀のウェブサイトを参照。
準備預金における資金過不足と日銀による金融調節について、比較的規則正しい1980年代前半を挙げると次のグラフになる。
データ出所:日本銀行時系列統計。
データコードは、MD06'MASDM1、MD06'MASDM2、MD06'MASDM4、MD06'MASDM5
棒グラフのマイナスが銀行券の発行超過や、財政での政府の受取超過で、金融逼迫要因。金融調節は、その逼迫を相殺するように資金を供給したり、引き揚げたりする。
毎年12月多くの銀行券が発行され、市中銀行の準備率が減少し、翌年の1月に銀行券が市中銀行に戻ってくる。戻ってくるまで市中銀行は金融逼迫となる。
金融逼迫で金融危機となるかといえば、そうではない。「漏れ」た銀行券は市中銀行に戻ってくる。金融危機の原因は、銀行の債権のデフォルト、つまり銀行の債務者の支払不能による。また、金融危機になると銀行券がたくさん発行されるかといえば、少なくとも最近の金融危機では、そうはならない。債権がデフォルトした銀行から預金が多く引き出され、銀行券の発行が増えたとしても、その銀行券は「漏れ」と同じで、他の健全な銀行に移される。そのため銀行券の総額は増えない。このように、信認を失った銀行から健全な銀行へと預金が移動する現象を「質への逃避」とよぶ。銀行券が異常な規模で継続的に増発されるとすれば、市中銀行全体に対する信認が失われ、中央銀行のみが信認を維持している状態である。そういうことが起きるとすれば、かなりの金融危機の状態だろう。 ただし、現実の金融危機を論じるにはそこまで考える必要はない。市中銀行の少なからぬ数で信認が任が喪失されれば十分だ。
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