貨幣学説について「内生的」「外生的」という言い方をすることがある。
多くの場合、貨幣供給において、需要に応じた発行という意味で内生、外部から貨幣を投入して経済過程に変化をもたらさそうとするという意味で外生、という場合がある。この意味では正確には「内生的貨幣供給説」と「外生的貨幣供給説」の対立になる。最近までは外生的貨幣供給説が「教科書」的、と言われてきたが、最近では内生的貨幣供給説もある程度、目立つようになっている。
しかしそれとは別に貨幣の本質規定として「内生的」「外生的」という区別をすることがある。たとえば、小幡[2013]『価値論批判』には、新たな表券説としてインガム(ポストケインジアン)への批判として以下の説明がある。「この立場における信用貨幣は、商品価値から切断された、いわば外生的な貨幣論の系譜に属するのであり、商品価値から貨幣が発生するという、その意味では徹底的に内生説的な立場を強調する本書の立場と根本的に異なる」(106)ここで表券主義は、貨幣それ自体には商品経済的価値がないという主張である。
表券主義Chartalismは金のような素材として商品価値を持つ商品が貨幣となったもので、伝統的に金属主義metallismと対立するものだった。表券主義はおそらく名目主義nominalismと同じだろう。
古いマルクス経済学は金属主義だったが、現在のマルクス経済学は、金属主義的な貨幣は「物品貨幣」とよぶ。商品価値に基礎を置く「商品貨幣」には、この物品貨幣の他に、特定の物財の商品との交換を義務付けられず、商品価値を基礎とする「信用貨幣」がある。このように現在のマルクス経済学原理論での貨幣の考え方は、物品貨幣にせよ、商品貨幣にせよ、商品価値に基礎を置くという意味で「商品貨幣説」である。信用貨幣では、貨幣供給調整の面では内生的貨幣説とほぼ同様になる。しかし貨幣の本質規定では異なる。そのため、(マルクス経済学者が)内生的貨幣供給説の論者と話をしていると、途中まで完全に意気投合するが、最後の一線で非和解的に対立することになる。
ここで、貨幣量の調整メカニズムとして「内生的貨幣供給説」「外生的貨幣供給説」という対立軸のほかに、貨幣は市場経済の中から商品価値を根拠に現れるという意味で「内生的」な観点と、貨幣は市場経済の外側から投入されるという意味で「外生的」な観点という対立軸もある。
ここで図式的に整理すると次のようになる。
|
|
貨幣供給量調整
|
|
|
外生的貨幣供給
|
内生的貨幣供給
|
本質規定
|
外生説
|
外生的貨幣供給説
|
内生的貨幣供給説、表券主義
|
内生説
|
金属主義
|
商品貨幣説に基づく信用貨幣
|
外生的貨幣供給説
外生的貨幣供給説は、個別経済主体の市場経済的な行動とは別に、つまり市場に対しては外生的に、政府や中央銀行が裁量的に貨幣を投入することが可能で、貨幣量も変動させること可能だと考える。貨幣が流通できる根拠は強制通用力などの政府の命令によるとする。貨幣数量説のように貨幣量の増減が原因となって物価の変動が起きたり、さらに生産量が増減したりすると考える場合が多い。信用(金融)は既存の貨幣を貸借する(金融仲介)、という意味で、「信用の貨幣理論Monetary Theory of Credit」ともいわれる。
多くの人はこの考えになっている。いやいやそうではない、というのが何らかの意味で内生的な考えとなる。
金属主義:metallism
金本位制を厳格に考えて金の実物こそが貨幣だと考える立場は金属主義である。つまり貨幣の本質規定としては、金という商品の価値が貨幣の根拠にある点で市場経済にとって内生的だが、その量は採掘された金の量に規定され、経済状態から必要とされる貨幣量とは関係ないという意味で外生的貨幣供給説である。金属主義:metallismという語は名目主義:nominalismとの対比で用いられる。後者の名目主義は実質的には外生的貨幣供給説である。
内生的貨幣供給説
銀行が与信(貸出)によって自らの負債として信用貨幣を新たに発行する、と考える立場である。このように貨幣が発行される方法を信用創造という 。貨幣供給量について、非銀行の経済主体が求める与信需要や貨幣需要に応じて銀行は貨幣を発行する ので、経済過程の内側(一般の経済主体)の状況から貨幣量が調整されるいう意味で内生的貨幣供給というものである。
銀行が与信(貸出)することで貨幣が生じる、という意味で、「貨幣の信用理論Credit Theory of Money」ともいわれる。銀行の実務家はこの考えが多い。外生的貨幣供給説や貨幣数量説には否定的である。
貨幣の本質規定としては、中央銀行または政府が発行する貨幣が、政府の命令に依拠するという点では外生的である場合が多い。
別の言い方をすると、内生的貨幣供給理理論の人たちは、市中銀行が与信で発行する信用貨幣(預金通貨)については事実上、④(商品価値に根拠をもつ)と認識しているだろうが、市中銀行に対する中央銀行の準備金創出や銀行券発行の段階では、商品価値の裏付けのないfiat moneyとみなす。
商品貨幣説
古いマルクス経済学者の多くはもともと金属主義の立場で、金兌換が停止されれば銀行券は政府紙幣(命令貨幣)になるといってきた 。
しかし現在のマルクス経済学原理論では、信用創造の理論の発展(内生的貨幣供給説も含む)に基づき、貨幣は金兌換停止になっても、与信によって発行されている限りは、政府紙幣ではなく、信用貨幣だ、と強調する人たちもいた(
Iwata [2022])。
現在の原理論では、金兌換のない貨幣にも商品価値の基礎があることを、貨幣発生のレベルの価値形態論で説く試みがされている 。
貨幣諸学説の論争史
経済的な困難な時に貨幣理論は発展するといわれる。古くは、1800年前後のイングランドの金兌換停止時の地金論争、1840年代前半の、金本位制を前提としたうえでイングランドでの通貨学派(外生的貨幣供給説)と銀行学派(内生的貨幣供給説)との通貨論争が有名である (岩田
「クレマン・ジュグラーと19世紀英仏マネタリーオーソドキシー」。その後、19世紀から20世紀半ばにかけては銀行による信用創造を重視する内生的貨幣供給説が有力だったが、その後、非銀行金融機関の増加とともに金融仲介を基本とする外生的貨幣供給説が中心となり、現代にいたる。しかし1990年代以降、信用創造を起点とする内生的貨幣供給説が再び大きく表に出るようになった。たとえば、1990年代不況から論争になった「日銀理論」 、イングランド銀行のペーパー
M. McLeay et al. [2014]、MMT(現代貨幣理論)などである。
最近の原理論では物品貨幣を経ない形で、価値形態論レベルから不換信用貨幣を解く試みがされている。
最も新しいところでは2023年4月刊『季刊経済理論』に小幡道昭氏の論考がある。
コメント
コメントを投稿