差額地代の絶対地代的解釈:Ehara[2023]の読み方
Kei Ehara (2023): Reconstructing Marxian Theory of
Ground Rent: Based
on Japanese Development of Marxian Political Economy,
Capitalism Nature Socialism の読み方。
ここでは11ページ以降の数値例について説明する。
2つの産業部門にそれぞれ2つの生産条件がある。第1次産業を示す第1部門の2つの生産条件をs1,
t1、第2次産業を示す第2部門の2つの生産条件をs2,
t2と表記する。ここで読みづらいのは、s1と書くとs部門の生産条件1と読みそうだが、そうではない。部門と生産条件の示し方が逆だということだ。ただし、これは第1部門の価格をp1、第2部門の価格をp2とするには整合的である。
4つの部門のうち、s2のみが自由に使えるもので、残りは土地所有者によって利用制限される。t1は第2次産業だが、落流を動力に使うと思えば、土地所有者による制約は理解できる。14ページからは、s2が知的所有権で制限された場合の考察になる。
調整的生産条件の組み合わせは4つあるので一覧にすると次の表になる
組合せの名前 |
調整的生産条件の組合せ |
価格比p1/p2 |
一般的利潤率 r |
超過利潤(地代)1部門 |
超過利潤(地代)2部門 |
X |
s1, s2 |
1 |
0.25 |
t1, 3/7 |
t2, 1/12 |
s1, t2 |
|||||
Y |
t1, s2 |
4/9 |
9/11 |
s1, マイナス |
t2, マイナス |
B |
t1, t2 |
0.4 |
2/3 |
s1, マイナス |
s2, 35/159 |
第1部門(第1次産業)では、t1がs1に対して絶対優位だが、第2部門(第2次産業)では、第1部門でs1が調整的のときt2がs2に対して優位、第2部門でs2が調整的のときs2がt2に対して優位となる。(このような優位の逆転は市場価値論や新リカード学派の議論によくある)
12~13ページでは、調整的生産条件がs1, s2のとき、生産価格比と一般的利潤率はXの位置になる。その生産価格比では、t2は超過利潤を得る。
ここで普通の地代論では、t2は自然的な制約、つまりその生産条件に自然的に制限されているので、t2は差額地代DRを得る、というが、この論文では異なる。
13ページ2行目に”the landowners of t2 earn rent”とあるが、地代の種類は書いていない。続けて” [A]bsolute rent can be undermined when the competition between landowners cannot be effectively prevented. In that case, s1 can no longer determine the price of production in sector no.1 and p1 falls.
とある。t2ではなく、s2が調整的生産条件となっている理由は、おそらく、t2の所有者たちが利用制限をしているために、優等なt2の利用だけでは社会的な需要が満たせないので、劣等なs1が調整的生産条件になっているようである。そして、優等なt2で生じる地代を絶対地代ARとしているようだ。
この考えは通常の地代論から言えば間違いだ。ただ、優等な生産条件の利用制限は通常の地代論では自然的な制約だが、ここでEhara氏のように、人為的な利用制限にすることは可能である。しかし、その次が問題で、そうして得られる地代はDRだ。大内・日高らから引き継がれている現代の地代論では、ARとは、DRが得られない最劣等の土地で、自然的には利用可能にもかかわらず、同ランクの土地の所有者たちが結託して人為的に地代を引き上げることで得られる地代のことを指す。そのことはこのEhara氏の論文の先行研究レビューのところにもだいたいは記述してあるようである(記述が正確でない可能性もある)。
14ページ以降の項では、s2が特許で保護される場合の考察になる。s1とs2が調整的生産条件になっているときはs2は地代を得ることができない。そこでs2には2つの方法がある、ということで次の記述になる。
At Point X, the patentee of s2 is not able to earn a license fee. S/he has two options to gain the IP rent: develop more productive technology that can be patented again, or exert political and social pressure to decrease p1/p2 to Point Y or less. In the modern IP-intensive economy, although the authorities expect the former, in reality we often see the latter.
後者の選択肢は、s2にしてみれば第2部門の価格を引き上げることである。通常の地代論で考えれば、s2が最劣等で調整的生産条件だから、ARを要求すればよい。
もともとs2の生産条件は次の式で表現された。
p2 = ( 1 + r ) ( 9/20p1 + 7/20p2 )
ここでARがp2の単位で、大きさは所有者によって外生的に決められるとして、例えば0.05p2 だとすると、ARを含めた生産条件の式は次のようになる。
p2 = ( 1 + r ) ( 9/20p1 + 7/20p2 ) + 0.05p2
この式をs2AR付きとしてグラフに追加すると次のようになる。
一般的利潤率と生産価格比の組合せはXからX’へと左下に移動する。p2の相対価格が上昇し(p1/p2の価格比は減少し)、産業資本は特許権者に地代をとられるために一般的利潤率は減少する。
Ehara氏の論文では、一般的利潤率と生産価格比の組合せはXからYへと移動するとs2の特権権者が “IP rent”を得て、土地所有者は誰も “rent”を得られない、となっている。用語の問題として特権者が“IP rent”を得るなら、土地所有者が得るのは”ground rent”だろう。というよりも問題なのは“IP rent”がARなのかDRなのかわからないことだ。
XからYの方への移動するとすれば、通常の地代論に基づいて理解できるシナリオは次の2つである。第1のシナリオは、
㋐第1部門で優等なt1がさしあたり制限なしで拡張可能となる。
㋑同時にs2が特許で利用制限する。
そうすると、調整的生産条件が(t1, t2)となって、一般的利潤率と生産価格比の組合せは交点Bとなる。そうすると、s2はDRを得ることができる。額は上の表のB行にあるように35/159である。これはARではない。しかし、Ehara氏の数値例の分析にはDRの概念がないので、そのようには考えないのであろう。
第2のシナリオは、
㋐第1部門で優等なt1がさしあたり制限なしで拡張可能となる。
㋑s2が利用を希望するすべての産業資本にARを要求して利用を許可する。(この想定は小幡『経済原論』問題132の解説にある)
そうすると、調整的生産条件は(t1, AR付きのs2)
し、第2部門ではs2が調整的生産条件となることだ。この場合、一般的利潤率と生産価格比の組合せは交点Y’になる。s2の地代はARで額は上で想定したように0.05p2である。
おそらく、Ehara氏は、市場価値論や新リカード学派によくあるような、同一部門内の複数の生産条件の優劣の変化の発想を生かそうとしすぎているのではないだろうか。
また、従来の地代論ではDRで論じられることが、結託によるARになっているのが、最大の誤りだろう。修飾語なしの”rent” の部分にabsoluteか、differential (、場合によってはmonopoly)の修飾語をつければ、もう少し意味が(議論の正誤が)見えやすくなるだろう。
この記事の内容は、私の理解が間違っているだけかもしれない。私の理解の全体像は以前の記事にある。
変容論的アプローチの適用によって地代論を知識へ拡張する試みと、それに伴う地代論の再構成について
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