残高試算表から見る銀行業資本の行動と資本蓄積

 

商業信用の媒介と銀行信用における利益の表示

小幡『経済原論』の市場機構論では産業資本間における商業信用の発展から、銀行業資本の発生を説く。銀行業資本発生の直前に、与信と受信の媒介をする「資本X」が現れる。(227-232)  「資本X」の「粗利潤」は以下の形になる。

SaSb】 …①

ここで、Saは受信資本aに対する債権額、Sbは与信資本に対する債務額を指す、

「純利潤」は以下の形になる

【(SaSb)-k】 …② 

ここで、kは信用業務にかんする費用である。

商業信用では利子が明確な形をとらないが、銀行業資本になれば利子の概念が明確になるので、銀行業資本の「純利潤」は以下の形になる(238頁)。

【(貸出利子総額-預金利子総額)-流通費用総額-貸倒損失額】 …③

ところで、
③の項はいずれもフローの概念なので損益計算書(PL)で示すことができる。しかし②では債権額と債務額はストックであるのに対して、費用はフローである。そのため、PL、あるいは貸借対照表(BS)のどちらかで示すことができない。そこでPLBSの両方を同時に示す残高試算表を使えば②を示すことができる。

 

残高試算表について

残高試算表とは、まず仕訳をすべて集計して各勘定科目の貸方と借方の合計を示す合計試算表を作成し、その後、貸方と借方の同じ項目を相殺して作成される。この残高試算表には借方に資産と費用、貸方に負債と資本と収益があり、これらを分離して貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)が作成される。BSの図を援用すると残高試算表の基本形は次の形になる。

図1



通常の利益計算方法の収益費用アプローチで言えば、【収益-費用】が利益になる。

この図は、近藤哲朗、沖山誠、岩谷誠治[2021]『会計の地図:「お金の流れ」がたった1つの図法でぜんぶわかる』ダイヤモンド社 で財務諸表を理解するための基本フレームワークとして多用されている。

残高試算表は一つの期間中の活動の合計なので、利益の一部が蓄積として資本に追加されると、次期の期首には以下のBSになる。


図2

資産

負債

 

資本

銀行業資本の活動を残高試算表で表現する

ここで「銀行業資本」とは銀行の資本としての活動の相対であり、「銀行資本」とは自己資本を指す(小幡『経済原論』233)。ただし、紛らわしいので銀行資本は(銀行の)自己資本と表記する。

【(SaSb)-k】② を残高試算表で示すには、費用kの出どころを決める必要がある。資本Xはまだ商業信用なので、預金設定によって費用支払いができないとすると、資本Xはあらかじめ費用支出のための貨幣を用意しておく必要がある。これは資本投下によって賄われる。

図3

期首のBS

貨幣

資本

図4

当期中の活動を残高試算表で示すと、まず以下の形がわかりやすい。

資産Sa

負債Sb

 

収益(粗利潤、Sa-Sb

費用

資本

この形で【SaSb】が粗利潤であることが明瞭になる。

次に負債と資本の位置を並べ替えると、以下のように残高試算表の基本形になる。

図5

資産

負債

 

資本

収益

費用

 

預金設定ができる銀行業資本の場合

資本Xが銀行業資本になって、費用支出を自分の債務で支払えるようになると以下の形になる。

図6

債権Sa

預金債務Sb

収益(粗利潤、

Sa-Sb

費用

費用支出の預金


2か所に分かれている預金を合わせて残高試算表の基本形にすると以下の形になる。

図7

与信債権

預金債務

 

費用支出の預金

収益(粗利潤)

費用

 

残高試算表は期中の活動を示すが、利益が蓄積されると次期の期首のBSは図2と同じ形になる。

図8

与信債権

預金債務

 

資本(蓄積)

今回は図3とは異なり、あらかじめ資本投下を想定していないが、債権債務の関係によって資本蓄積ができる。もちろん実際には、業務に必要な営業資産などはあらかじめ資本投下が必要だが、資本蓄積は債務を上回る債権に対応する形で蓄積される。

 

支払準備金

 これまでのところでは支払準備がない。なお、図3の貨幣は費用支出の準備金であり、債務支払のための支払準備金ではない。小幡『経済原論』(に限らず通常の経済原論)では、産業資本が生産を継続するための準備金(貨幣準備、貨幣資本ともよばれる)と、債務への支払のための支払準備との区別が明確に意識されていないことがある。

ここで話を戻して、他行向けに預金の支払請求がされた場合は、支払準備が必要である。もちろん,同時に逆向きで他行から預金が自行に振り込まれる場合は、出金と入金が相殺されて支払準備が不要になることもあるが、こうした出入金は不確定だから、何らかの額の支払準備は必要である。

 しかし、物品貨幣が存在しない現在では、市中銀行にとって支払準備金は中銀当座預金のような他行預金である。他行預金を入手するには、他行から借り入れをするか、他行に証券を売るか、である。(Lavoie の言い方で言えば前者がoverdraft economy、後者がasset economyに相当する。再割引は形式的には後者になるが、実質的には前者にあたる)

他行から借入をする場合は以下の残高試算表になる。

図9

与信債権

預金債務

 

他行借入

費用支出の預金

収益

他行預金(支払準備)

費用

 

貸出をする他行では以下の残高試算表である。

図10

他行債権

他行債務

収益


9の「他行預金(支払準備)」は図10の「他行債務」と対応し、図9の他行借入は図10の他行債権と対応する。図9の状態から預金債務への支払い永久がされれば、預金債務と他行預金(支払準備)が同額で減少する。

「他行債権」と「他行債務」は、銀行間コール市場では「コールマネー」と「コールローン」を指し、中銀との関係では「貸出金」と「中銀借入」を指す。ここでは、これらを一般化して他行債権と他行債務とよんでおく。

図9と図10は当期の活動を示す残高試算表であり、次期の期首のBSは図⑵と同様にして以下の形になる。

図11

他行預金(支払準備)

預金債務

 

与信債権

 

他行債務

資本

 

図12

他行債権

他行債務

収益

 

信用貨幣の構造は、以前の記事で示したように次の形で示される。

図13

経済主体1

 

銀行

 

経済主体2

資産

負債

 

資産

負債

 

資産

負債

資産(商品価値)

銀行への債務

 

債権

預金債務

 

預金通貨

純資産

 

自己資本

 

 

 

 

このように銀行の自己自己資本は債権と債務の差額であるが、実体的根拠としては、銀行に対する債務者の保有する商品価値にある。なお、この商品価値とは、商品の現物そのもの、商品価値を生産する能力、商品価値を獲得する権利などがふくまれる。

 

まとめ

銀行による貨幣創出を表現する場合、ストックのBSを用いることが多い。しかし、利益を表現するときはフローのPLで表現され、両者が別々に表現される。銀行業資本が利潤を追求する個別資本として、ストックである貨幣を創出しつつ、同時にフローの費用を支出し、フローの利潤を得る活動を示すには残高試算表が優れている。また、期中の活動を示す残高試算表から、次期の期首の静態状態を示すBSと対比で、利潤が資本として蓄積されることも明瞭に示される。そして、銀行業資本の自己資本は他者への債権であり、最終的には銀行に対する債務者の商品価値に根拠を持つことも示すことができる。








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