マルクス経済学と宇野理論:『資本論』から現代まで

 



マルクス経済学や宇野理論を知らない大学生向けの講演

A.マルクスの経済理論

カール・マルクス(1818年-1883年)、主著『資本論:第1巻』1867

 

.1 資本とは、「自己増殖する価値の運動体」

G WPm, A}… P W’ G’

G:貨幣、W:商品。Pm:生産手段、A:労働力、P:生産過程、W’〔生産物〕

図1 資本の循環運動



資本主義とは、資本の自己増殖運動によって生産、流通、分配がされる経済社会のこと。

(※「資本」とは、「資本主義」とは、「貨幣」とは、というように原理的規定をするのはマルクス経済学の特徴)

 

.2 マルクス『資本論』の「3大法則」

マルクスの経済理論を簡単に言うとすれば、「価値法則」、「資本主義的人口法則」、「利潤率均等化の法則」と俗に言われる。

 

A.2.1 マルクスの価値法則と現代における修正

価値法則とは、商品の価値が、その商品の生産に投下された社会的に必要な労働量によること。

労働者の生活物資の生産に必要な労働量が必要労働、それを上回る労働量が剰余労働。

剰余労働による価値を資本が取得することを搾取という。

資本の利潤の源泉が剰余労働にあることをマルクスは明らかにした。

←◆しかし、現代のマルクス経済学では、投下労働量による価値規定は、商品間の交換比率ではなく、社会全体での総資本と総労働者の間の分配関係、つまり搾取率を示すために使われる。

 

【簡単な例】

  小麦の生産過程:  小麦10㎏ + 労働 180時間 → 小麦100

  労働者の生活過程: 小麦40㎏ …………………………      労働180時間

  

 小麦1㎏に対象化された労働時間は2時間、労働者が受け取る小麦40kg80時間分の労働(必要労働)、資本家の取り分の小麦50kg100時間分の労働(剰余労働)

 搾取率(剰余価値率) =  100時間 ÷ 80時間 =  125 %

 図2 必要労働と剰余労働

詳しくは以前の記事「最近の原理論における労働価値説」「補足:最近の原理論における労働価値説

A.2.2「資本主義的人口法則」

失業は、自然的な人口の増減のためではなく、資本が必要とする労働者数の程度によって決まる。

 

図3 資本構成【生産手段÷雇用労働量】の高度化


資本構成が高度化すると、労働者が雇用から排出される。

マルクスは資本構成の高度化が不断に続くと考え、失業者の不断の増加で窮乏化になると考えた。

←◆現代のマルクス経済学では、資本構成高度化による労働力排出の効果と、資本そのものの規模の拡大による労働力吸収の効果の二面から考える。

A.2.3 利潤率均等化の法則

 資本全体が引き出した剰余価値は、各資本の間での競争を通じて、各資本投下額に比例した利潤として配分される。こうして利潤率【利潤額÷投下資本額】が均等化する。利潤率が均等化するように価格が決まる。これを生産価格という。

 利潤率均等化を基礎にすることで、地代や独占的な利潤など超過利潤とその根拠も考えることもできる。

 

【数式表現】ここでAは生産投入ベクトル、pは諸商品の生産価格ベクトル、wは賃金率、L各生産物に必要な労働時間のベクトルとする。ここで均等な利潤率 が成立すると、

( Ap + Lw )( 1 + r ) = p  …(1)

次にLw を労働者の生活物資に置き換える。労働者全体の生活物資をB とし、総労働時間をTとすると(1)は次の式になる

(Ap +  L Bp ) ( 1 + r )  = p  (2)

(A +  L B ) p ( 1 + r )  = p  (3)

 

【ポイント】ここでの価格は生産のみで決まる。需要供給関係で決まるのではない。マルクスのときからそうだったが、とくに最近の宇野学派では「在庫に満ちた市場」として、常に供給が需要を上回って、商品は売れるのを待つ市場ということが強調される。(以前の記事「在庫に満ちた市場 」)

 「資本主義的生産様式が支配している社会の富は、『商品の巨大な集まり』として現れる」『資本論』冒頭。

 

.3 マルクスの歴史認識

全ての国の経済が資本主義化してイギリスのようになり、労働者階級は窮乏化する。

この方向は不可逆で、単一の姿に。

 

B.宇野弘蔵の方法論

宇野弘蔵(1897年-1977年)主著『経済原論』1950-52年、『経済政策論』1971

 

.1 19世紀末から資本主義の不純化

不純化の動力は後発資本主義国(ドイツ、アメリカ)における「固定資本の巨大化」。

巨大な固定資本は一部の資本(企業)しか導入できないので、競争が阻害され、利潤率が均等化しなくなる。

資本構成が高い状態から資本主義が始まると、労働力吸収が弱いため、巨大な製造業と、旧来の農村の慢性的過剰人口が併存する。(※日本資本主義論争)

  

.2 三段階論

 不純化のため、経済学の領域が原理論と段階論に分かれる。

 表1 3つの理論レベル:三段階論


 資本主義の原理論は理論的に純粋化して考える。これが「純粋資本主義」の想定。純粋化とは、社会が3大階級(資本家、労働者、土地所有者)になること(つまり小農民や個人職人がいなくなること)。利潤率が均等化すること。

 不純化とは固定資本の巨大化のために、利潤率が均等化しなくなるとともに、階級分化が不完全になる。こちらは段階論の課題。

 

.3 「対象の模写と方法の模写」

「対象の模写」は科学ではよくある。それ加えて資本主義経済の発展において、実際の歴史でも資本主義経済自身が純粋化する傾向があった。これが理論的な純粋化の根拠となる。これを「方法の模写」という。

 

図4 対象の模写と方法の模写

表2 宇野の発展段階論(その後の説も追加)


.4 現状分析:現代資本主義論

 方法論として、原理論から、段階論と現状分析を切り離すことで、段階論と現状分析を自由に論じることができるようになった。

 内容としては、第一次大戦後は社会主義への過渡期という認識(※クリーピング・ソーシャリズムcreeping socialismという言い方もある)で、現状分析では福祉国家論の隆盛。

 しかし不純化に不純化を重ねるという認識になり、原理論から遠ざかる問題が起きる。

 

C.現在の宇野学派の方法と展開

.1原理論の発展

C.1.1 原理論の構造

図5 資本の循環運動の図解

小幡『経済原論』185頁参照

表3 原理論の構成 

 流通過程で発生した資本が生産をつかみ、資本の間での競争で役割が分化し、利潤が分配される。

 

1

流通論

商品・貨幣・資本

2

生産論

生産・労働・社会的再生産

3

機構論

価格機構(生産価格、地代)

市場機構(商業資本、銀行信用、株式資本)

景気循環


C.1.2 原理論における最近の研究の発展方向

 従来は搾取論や貨幣論が中心だったが、1980年代ころから第3部の市場機構論に焦点があてられるようになる。

◆重要なキーワードは「流通過程の不確定性」である。この不確定性を集中的に代位するものとして商業資本の研究が発展する。現実に即していえば、産業資本(メーカー)が自分で売らずに、卸などの商業資本が買い取って売る、とかんがえればよい。

 →さらにその後、将来の他者の行動を制御するものとして「組織化」論の展開。商業資本で言えば、商業資本があらかじめ継続的に大量に買い取る約束をすることで、産業資本は流通過程の負担を解除できる。この、あらかじめの約束が組織化。

◆「将来の貨幣還流を先取りして現在の購買力を創出する」信用創造論の発展もした。これは2000年代に再興しつつある内生的貨幣供給理論(日銀理論その他)と共通する部分もある。この「将来の貨幣還流」は「流通過程の不確定性」を基礎にしていることも重要である。 将来の貨幣還流」はこの先、いつどれだけの量が売れるかわからないという不確定な面を含む。

図6 銀行による信用貨幣の生成・流通・消滅の概念図

経済主体1

銀行

経済主体2

 資産

負債

資産

負債

資産

負債

資産

(商品価値)

銀行への債務

債権

預金債務

預金通貨

純資産

経済主体1の下にある商品は特定の使用価値によってその価値は制限されているが、その価値は銀行の仕組みを通じて、純粋な価値のカタマリとして貨幣になる。

経済主体1、2はマクロ経済学のように「企業」「家計」などと考えてはいけない。マクロ経済学は基本的にカテゴリー内やカテゴリー間の債権債務を相殺するので、銀行の機能が分からなくなる。

しかし銀行の債権と債務は同じ大きさでも質的に異なる。銀行は、この違いを媒介して、経済主体1の下にある商品価値を、自己の債務の預金に転換することで貨幣(預金通貨)を創出する。

経済主体1の下にある商品は、価値はあるが、実際にいつどれだけ売れるかわからない(流通過程の不確定性)。そのため、この販売可能性を銀行が調査し、その可能性を確証することで貨幣に転換できる。その意味で、宇野学派の信用貨幣論の発展は、流通過程の不確定性の重視から発展している。

.2 段階論の再構成

 1980年代前後から新自由主義の衝撃。市場原理主義、あるいは福祉国家の解体といわれたように、資本主義が再び純化したように見える事態になる。そのため従来の「純化・不純化」や「方法の模写」が崩れる。

 

C.2.1 加藤榮一による段階論の再構成

福祉国家の形成と解体を軸にする。

表4 新しい発展段階論(追加の部分もある)

局面区分

萌芽

構造形成

発展

萌芽

構造形成

発展

萌芽

構造形成

発展

段階区分

古典的自由主義

組織化の地代

新自由主義

福祉国家

外部の非市場領域

福祉国家Welfare State

Enabling State

粗野な新自由主義

洗練された(成熟した)新自由主義 


C.2.2 新自由主義の特徴

 組織化の時代は、福祉国家を柱とする市場への統制が特徴である。ケインズ主義政策とか、社会的市場経済、ファインチューニングなどとよばれるものがあった。市場経済の統制と操作が可能だと考えられていた。統制の領域には非市場的な要素が広がっていた。

 その後の新自由主義の特徴は、従来の非市場的な領域に市場的(競争的)要素を持ち込むことである。一方的な市場化でもないし、国家の退場でもない。

次のグラフにあるように、量的には政府の大きさは1980年以降、増加は止まったが、大きさは同じままである。財政支出で言えば競争的、市場的、競争促進的に支出される面が強まった。それぞれの主体を市場における競争の主体として促進することがenabling stateの特徴である。

図8 一般政府の経費支出の推移(対GDP比。%)

樋口均『国家論政策論的・財政学的アプローチ』

.3 変容論的アプローチ

宇野が想定した純粋資本主義は、貨幣は金貨幣、労働は単純労働、資本は個人資本家、株式資本は存在しない、というシンプルなものだった。それは19世紀イギリスへの参照で正当化された。原理論の範囲や役割が小さくということで「小原理論主義」と言われる。

 しかし、「純化・不純化」論がなくなることで、そうしたシンプルさへの縛りが不要になる。

 

C.3.1 山口重克「本質規定としての原理論」と「分析基準としての原理論」

原理論の役割は、従来は資本主義の本質を明らかにすることだった。たとえば搾取や貨幣の本質である。これは「本質規定としての原理論」という。

しかし、原理論のいくつかの箇所では演繹的には一つには定まらないところがあり、そこを詳しく論じることで現実の分析基準になりうることを提起するのが「分析基準としての原理論」である。原理論の範囲と役割が拡大するので「大原理論主義」と言われる。

 

表5 新しい方法と従来の方法の対比

 

原理論の射程

原理論の役割

原理論の根拠

論理展開の方法

演繹的に説けない

箇所への対処

従来の方法

小原理論主義

本質規定としての原理論

歴史的純化傾向

行動論的アプローチと行く先論アプローチ

19世紀イギリスを参照

新しい方法

大原理論主義

分析基準としての原理論

理論的純化

行動論的アプローチの強化

ブラックボックス(開口部)

 

C.3.2  小幡道昭 「開口部」と「変容論的アプローチ」

 原理論で論理的に一つのタイプに決まらないところは複数のタイプがありうる。外的条件の影響を受けてどのタイプになるかが決まる。 例えば貨幣では、

表6 貨幣における展開・変容・多態化の例

3のレイヤー

金貨幣、兌換銀行券、銀行預金、補助貨幣

不換銀行券、銀行預金、補助貨幣

多態化」(具体的な姿)

抽象度

2のレイヤー

物品貨幣

不換信用貨幣

変容」(開口部)

1のレイヤー

商品 商品貨幣 資本

展開」(論理的・演繹的)

その他の開口部は、

表7 小幡『経済原論』における開口部

開口部

変容(分岐)

貨幣

物品貨幣

信用貨幣(中央銀行券)

資本

個人資本家

結合資本

労働組織

マニュファクチュア型

機械制大工業型

賃金制度

主体性の外形化・熟練の外部化

主体性の誘発・熟練の養成

絶対地代

本源的自然力の所有者が結託し絶対地代が発生

結託なしで、絶対地代もなし

恒久的土地改良

本源的自然力を改良する主体の行動の内容

銀行間組織

水平的な関係

垂直的な関係、中央銀行

債券市場

債券市場の有無

株式市場

株式市場の有無

景気循環

好況から不況や、不況から好況への転換(相転移)の形

 詳しくは岩田[2022]に譲る。

.4 最近よく取り上げられるテーマとしては

◆不換の信用貨幣を原理論で取り扱う。銀行間組織として中央銀行。

◆知識を地代論から説く。ともに再生産されない本源的自然力。以前の記事

◆段階論におけるグローバル資本主義や中国の位置づけ


参考文献

岩田[2022]「「変容論的アプローチ」の適用:段階論と現代資本主義論のための原理論の「開口部」についての体系的な考察」『東京経大学会誌(経済学)』 315

岩田[2019]「宇野弘蔵の段階論の方法における歴史と現在:典型・中心、自由主義の観点から」『東京経済大学会誌(経済学)』 301

小幡道昭[2016]「段階論からみた原理論」『グローバル資本主義と段階論』所収。ウェブ

加藤榮一[2006]『現代資本主義と福祉国家』ミネルヴァ書房

岩田佳久(), 新井田智幸(), 泉正樹, 結城剛志, 小幡道昭, 村上允俊, 海大汎[2022]マルクス経済学の現代的スタンダードを語る」東京経済大学学術フォーラム報告書




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